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月明かりが差してきた。手の中のカウンターが鈍く銀色に光る。
ここは田んぼを隣に構えたあまり大きくない道路で、見通しは良いが街灯が少ない。歩道も縁石が無いところが多くなっている。
少し先の道を曲がると舗装された地面が広がっており、今は駐車場だけだがいずれ大きなショッピングモールができるとのことだ。大規模な商業施設が建設される際は、こんな田舎にも交通量調査の雇用が生まれる。私が調べているのは通行人の数で、男女、年齢層で4つに大別した人通りを数えている。歩いている人は正直あまり多くないが、車が時々通るので最近は事故なんかも起きているらしい。
夕方から調査をはじめて3時間程度が経っただろうか。だんだんと日が暮れていく様子は田舎だからこそ美しく、人通りのないとき私は空に見惚れていた。交通量調査というのは普通ならば数人で行って交代で休憩を取るものであるが、なんの事情からか今回は私一人で行うことになった。どうしても体調が悪ければ適宜休憩をとっても良いとのことだったので、大して重要ではない調査なのかもしれない。もしくはどうせデータを改竄するから良いとでも思っているのだろうか。いずれにせよ私には関係がないことだ。私はここで座って空を眺め、はたまた人生に思いを巡らせ、時折手中のカウンターを押せばいいだけだった。
そんなことを思っているときに月明かりが差してきたので、私はなんだか感傷的になってしまった。気づけば向こうから、二人組が歩いてくる。女子高生二人組のようだ。高い声でキンキンとはしゃぎ合っている。あの年代の子達は何もかもが楽しそうだ。
街灯を失った歩道の上、月明かりだけが彼女たちを照らしている。ただでさえ輝いている女子高生たちをぼんやりと眺める私は、そのうちに違和感に気がつく。
影がないのだ。
彼女たちだけだろうか。それとも、今日出会った他の通行人も同じだったのかもしれない。そうなると、私以外の全員がこの世のものではないのか。そういう類の話がめっぽう苦手なので、嫌な想像がどんどんと頭を駆け巡り、耳を塞ぎたくなった。すぐにでも逃げ出したいが、根が生真面目なのだろうか、これは体調不良ではないし、などと変なところに気を遣ってしまう。そのうちに二人組との距離は縮まる。このだだっ広い空間に、なぜだか彼女らの声が反響しているようだ。
私は、握ったカウンターの「女性・若年層」の数字を2つ増やした。震えたままの右手に、真紅の液体が滴る。
「このへんで事故あったよね、この間」
「やだ、怖いこと言わないでよ」
「歩道で椅子に座ってたバイトの人にさ、車が…」
「やめてったら」
「ごめんごめん、なんか私も怖くてさ、茶化したくなっちゃった」
「いいから、早く行こ」
数歩進んで、どちらともなく言う。
「ねえ。今、カウンターの音したよね。…二回」
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