プロローグ

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プロローグ

 都心から電車に揺られて90分、更に駅からバスに乗って30分。バス停を降りてから、坂道を上ること15分。元はペンションだった施設を買い取り、シェアハウスとして、生まれ変わったメゾン・ド・デーゼルは、丘の上にぽつんと建つ煉瓦造りの洋館だ。 周りに建物はない。甘い芳香を放つ、白いつるバラが絡まる洒落たアイアンの門扉に、石畳の通路が、正面玄関に伸びている。手入れされた芝が広がる庭に、玄関の周りには、ふわふわしたコキアが並ぶ、広大な敷地。建物の向こう側には、見事なオーシャンビュー。  都会の喧騒から逃れた美しい風景が広がるこのシェアハウスに、私は住み込みの食事係として働いている。私がなぜ、ここで働いているのかというと____、話は一か月程前に遡る。  それは、真夏の暑い日だった。私は、十年近く働いていたイタリアンレストランを辞めたばかりだった。子供の頃から料理が好きで、私の料理を食べた人から、「おいしい」と言ってもらえることが、何よりの幸せだった。  だから料理学校を経て、有名なイタリアンレストランで働けることが嬉しかった。下積みから始まり、一歩ずつ、料理人としての経験を積み重ねてきたつもりだった。できるだけの努力もしたつもりだった。
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