第一章 ひび割れたガラスの靴

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 御伽がレストルームから顔を出すと、出入口の前で不機嫌そうに待ち構える金森と鉢合わせた。 「いつまでかかってやがる。大の方でもしてたのか?」 「金森さん。それセクハラっす」  デリカシーのない金森に呆れつつも、御伽は仕方ないかと溜息を吐く。  どうやら彼はここでずっと待機していたようだ。きっと先ほどの社員達から変態を見るような視線でも向けられていたに違いない。御伽は明らかに待ち時間だけではない苛立ちを金森から感じ取った。  とはいえ、いちいち相手にする気もない彼女は、出口へ向かってあっさりと踵を返す。 「用も済んだので、取り敢えず戻りましょう」  むっとした金森も、ここで怒鳴ったところでどうにもならないと察してか、御伽の背を追い掛けてきた。同僚としての付き合いも四ヶ月になる。そろそろ扱いを学んできているらしい。  二人で駐車場へ下り、停車してあるシルバーのセダンに乗り込むと、助手席に着いた御伽が改めて口を開いた。 「金森さん。あの夫婦を見てどう思いました?」 「は? 何だよ、いきなり……」  運転席でシートベルトを締めながら金森が怪訝そうな顔をする。 「いいから答えて下さい」  感情の読めない御伽の視線に金森は怯んだようだが、それを咳払いで誤魔化した。 「ま、まあ、随分と綺麗な人達だったな。美男美女ってやつか? なかなかお目に掛かれない――」 「いや、そういうのじゃなくて」  僅かに頬を赤らめる金森を冷めた眼差しで見る。誰も見た目については触れていない。 「金森さんが鼻の下を伸ばして美紀さんを見つめていたのは知ってますけど、まずそんな感想が出てくるとか凄いっすね。脳内どんだけピンク色なんすか」  御伽の容赦のない言葉に金森が凍り付く。だが、すぐに取り繕った。 「冗談に決まってんだろ。あれだ、その、若いのにしっかりした夫婦だと言いたかったんだ」 「はあ……」 「辛く険しい環境下で、唯一の支えだった父を亡くして泣き崩れる妻と、それを支える夫。美しい夫婦愛じゃないか。少しぐっときちまった」  金森が腕を組んでうんうんと頷くのを、御伽は呆れた顔で眺める。 「マジっすか。金森さん、やっぱり女の涙に弱いんすね」 「ちょっと待て。なんでそうなんだよ」  聞き捨てならないとばかりに睨み付ける金森に、彼女は態とらしく溜息を吐いた。 「いや、だって思いっきり嘘泣きに騙されてんじゃないっすか。それじゃあ、幸成さんの様子にも気付いていなかったんすね」 「は?」 「金森さん。あの二人、メッキの剥がれかかった仮面夫婦っすよ」  言葉を失っている金森から目を逸らし、御伽は(おもむろ)に懐からスマートフォンを取り出した。画面には顔文字付きのメッセージが浮かんでいる。 「まあ、何にせよ一度戻って情報を纏めましょう。科捜研からも連絡来てますし」 「科捜研から?」  どうして御伽に連絡が行くのかと、金森が不可解そうに眉を寄せるのが見えたが、御伽は意に介さず「さあ、早く」と言って急かした。こうしてぼんやり座っている時間が無駄だ。  物言いたげな視線を向けたものの、答えが得られないことを悟ると、金森は仕方なさそうにエンジンを掛けた。
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