第二章 血濡れた頭巾

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   一、  八月も中旬を迎えた土曜日。相変わらずの日照りと湿度の高さは、夏の終わりがまだ程遠いことを報せていた。  相手を探してこれでもかと熱心に呼びかけるセミの鳴き声も相まって、ますます暑苦しさを感じてしまう。とはいえ、毎年のように最高気温を更新し続ける近年では、その夏虫ですら暑さに参って力尽きることも少なくない。  御伽もまた、連日の猛暑にやられたクチだ。自宅のリビングで、力尽きたようにソファに寝転びながら、ぼんやりと天井を見上げている。  冷房の利いた室内は心地の良い環境であるはずだが、これまで蓄積した疲労のせいもあるのだろう。何もする気が起きない。ずっと同じ体勢で、食べ切ったばかりのアイスの棒をくるくると弄んでいた。  今ばかりは可愛いペット(カメレオン)のヨモギを愛でる余裕もなかった。彼は彼で、適温に調節した自室で好きなように過ごしているはずだ。愛くるしいギョロ目が機嫌良く動くのを想像するだけでも十分に癒されるので、御伽にとっては問題にならなかった。  と、そこに、電話の着信を報せる軽快な音楽が鳴り響いた。ちらっと視線を上げた御伽は、上体を起こすことなく、腕だけを伸ばしてテーブルの上に置いていたスマートフォンを掴んだ。 「はい」  相手の名前すら確認せずに通話ボタンを押し、如何にもだらけきった、やる気のない声で返事をした。 「目黒川橋梁下で遺体が出た。支度してすぐに来い」  スピーカーが割れそうなほどの大声が響き、室内の空気を震わせた。御伽は咄嗟にスマートフォンを耳から離す。 「自分、今日は非番なんすけど」 「はあ? んなもん刑事に関係あるか! 地図は送っておく。急げよ」  用件だけ告げると、金森は通話を切ってしまった。溜息を吐いた御伽は仕方なく画像が届くのを待つことにしたが、何故かそれから、うんともすんとも反応がない。  数分待って受信を報せるポップアップが液晶画面に浮かび上がる。送信元は金森ではなく芝の名があった。 「ああ、金森さん。SNS音痴だっけ」  画像の送信にすらもたついている金森の代わりに、気を利かせた芝が送ってくれたのだろう。よく見ると、アカウントのアイコンが芝生になっていて、彼自身の影をシルエットとして撮影している。ユーモアのセンスもなかなかだ。年配の芝の方が最新ツールを使いこなしている。からかうネタが出来た、と御伽はニヤッとした。 「よっと」  勢いを付けてソファから起き上がった御伽は、寝癖の付いた髪をぐしゃぐしゃに掻きながら欠伸をこぼす。 「そんじゃ、まあ、行きますか」
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