第二章 血濡れた頭巾

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 それから二日後、事件解決を知らせるため、御伽と土屋は森野宅を訪れていた。部屋には母親だけでなく、学校から帰宅したばかりの咲希もいた。  事件の全貌を全て話すと、森野は顔を覆って泣き出してしまった。彼女もまた大上との未来を考えていたのだ。 「本当はお金の返済なんてどうでも良かったんです。彼から受け取ったお金も使わずに取っていて、いつかの足しになればって――」  その“いつか”が大上を含めた家族三人での生活を指していることに御伽達は気付いたようだった。掛ける言葉もなく視線を下げた御伽の目に、咲希が握り締めているビーズのブレスレットが映った。 「それは、あの時の……?」  土屋も気付いたようで咲希の手元を見ている。 「大上さんに贈ろうと思ってたんだね」  御伽が呟くと、頑なに黙り込んでいた咲希がハッとしたように顔を上げた。土屋だけでなく、母親も驚いている。 「警部の娘さんと同じっすよ。このブレスレットは、大好きなお父さんへのプレゼントだったんす」  実際にはまだ父親とは呼べなかっただろうが、狩井の話では、咲希は大上が父親となることを夢見ていたようだ。押収した機材にも、本当の父娘のように仲睦まじい様子で過ごす二人が録画されていた。  俯いた咲希の瞳が潤み、みるみるうちに頬を濡らした。大粒の涙がこぼれ落ち、年季の入った畳を湿らせる。それまで塞き止めていたものが堪え切れず溢れ出したようだった。 「咲希……」  森野も泣きながら娘を抱き締める。御伽と土屋は二人を気遣い、簡単な挨拶だけして席を外した。 「まさかあそこまで咲希ちゃんが大上を慕っていたとはな」  部屋を出た後、アパートの階段を下りながら土屋が意外そうにこぼした。その後ろを歩いていた御伽は肩を竦める。 「恐らく三年前からあの家族は大上を受け入れていたんでしょう。詐欺グループの逮捕に至ったのも彼の情報によるところが大きかったみたいっす」 「そういうことか」  随分と早く仮釈放が与えられたのも、その辺りを考慮されたのかも知れない。納得した顔で土屋も頷いた。  アパートを離れ、駐車しているセダンに乗り込もうとした御伽は、視界に過った女のシルエットに目を見開くと、慌てて振り返った。しかし、そこには影一つ存在していない。 「御伽?」 「何でもありません」  いつもの淡々とした調子で首を振った御伽は何事もなかったかのように助手席に乗った。怪訝とした表情を浮かべた土屋だが、深くは追及せず、運転席に着いて車を発進する。  角を曲がる時だ。何気なく見たサイドミラーに女の姿が映し出された。  急いで振り返った御伽の目に、若い女性が横切った。ゴシック調の黒いワンピースを身に纏い、波打つような長い髪をした人物だ。  ほんの一瞬のことで、通り過ぎた相手は見えなくなってしまったが、笑いながらこちらに手を振っていたのは確かだった。  その時、スマートフォンがメールの着信を知らせた。パソコンにメールが届いた場合、そのまま転送するように設定変更をしたのである。  やはり知らないアドレスからだった。前回のものとも違うようだ。けれど、御伽は怯まずにメールを開いた。  届いたメールには、こんなメッセージが綴られていた。 ――狩人は赤ずきんちゃんを救うために悪い狼の腹を裂きました。 ――悪い狼から解放された赤ずきんちゃんは、 ――これから一生、死ぬまで、大切なお友達を奪った狩人を恨むことでしょう。
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