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(イ、けな……ぃ)
刺激が足りない。もっと強く擦りたい。
こんな風になっている自分と、自分をこんな風にした理人に苛立ちが募る。悔しいがこれをどうこうできるのは理人だけだ。晶は苦し紛れに理人の手のひらを思いっきり引っ掻いた。上手く力が乗らなかったので傷にはならなかったが、功を奏したのか舌が引き抜かれ足が下ろされる。
薄い胸板を上下しながら、頭では逃げる算段を考えつつ、やけに重い手足に眉根を寄せた。
情けないが、勃起したものをどうにかしない限りは動けそうにない。
物音が聞こえて、理人がサイドチェストの中から小瓶を取り出しているのが見えた。手のひらサイズの小さなガラス瓶だ。蓋を開け、理人は中から蜜色の液体を手のひらに垂れ流す。粘着質のそれはドロリとしていて、長く糸を引いていた。
手のひらを合わせて液体を温めた後、さっきまで理人が舐めていた襞にそれを宛がう。舌の代わりに入ってきたのは、彼の長い指先だった。
「ん、ぅ」
「ゆっくり息を吐いて。そう、……上手だよ」
念入りに塗り込まれる蜜色の液体。
それが中に入って来た途端、変化は起こった。
「ッ、や、やだ……何、これ、いやだ……っ」
慌てて上半身を起こして抵抗する。
理人は起き上がる晶の体をねじ伏せて、挿入した指で中を弄り始めた。
冷たいと思った。スース―する感じだった。だがすぐにそれは熱に変わり、全身を内側から疼かせる勢いで晶に襲い掛かってきた。
理性を根こそぎ持っていかれるような気分だ。一気に訳が分からなくなる。
「書いてた通り、併用すると本当に即効だな……」
そんな呟きも、もはや晶の耳には届かない。
中の指をきつく締めて、浅ましく蠕動する内壁。理人が中から屹立の真裏を押し上げると、晶は嬌声を上げてのけ反った。
宙に浮くほど強く熱く勃起した屹立を握られる。扱かれて腰が揺れた。
中と外。同時に弄られると、たまらなかった。気持ちが悦いなんてものではない。息ができぬほど深く長く喘ぎ、自分でも聞いたことのない甘ったるい声が室内に広がる。
「っ、ぁ、ぁ、ン……っ」
口端から垂れ流れた唾液を舐め取られ、顎をすくわれて正面を向かされた。
すぐ間近に理人の顔。鼻先が触れるほどの距離。ぼんやりとした視界でも、彼がこっちを見ているのが分かる。
「全部、見せて。目を逸らさないで」
「……ぁ、ぅ、……っ、ぁ」
声が上手く言葉にならない。イキたくて、出したくて、でもまだ物足りない。
腰が揺れる。内壁が蠕動する。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
恥ずかしい。
中の指がもう一本増やされた。圧迫感より快感の方が強く、晶は白旗を振って降参する。
理人は晶が怖くなって勝負から逃げ出そうとしていると思っているのだろうけれど、今回ばかりはその通りだ。この先、自分がどうなるのか怖い。
晶がイクまで理人は許さない。だったら、もうさっさとイってしまって負けを認めてしまった方がいい。
「っ、っ……、ンン、ぅ……ッ」
合図なんて、できなかった。そんな余裕なかった。きつく目を瞑って歯を食いしばって、せめて声を出さないよう必死に喉の奥を殺した。
余韻はいつもより長く深かったが、吐き出せた分少しだけ冷静になれた。
「……晶」
低い声に、名を呼ばれる。
ひどく怒っているらしい理人に、ハッとそれに気付いた。焦って強引に引き寄せたシーツで彼の汚れた手を拭う。
こんなものを手に出してしまって、罪悪感しかない。いくらなんでも、出ると言うべきだった。変な声が出ないように、そればかりを考えていたから失念していた。
「な、に……して……」
身が竦む。なまじ顔が整っているせいで、こうも怖い顔をされると非常に怖かった。こんな顔をされた記憶はないので、ショックが大きい。
「ごめ……本当にごめん、すぐに手洗って」
「初めて、晶が僕の手でイったのに……」
「……え?」
「舐められなかった。飲みたいのを我慢して、イク顔見る方を選んでみれば目を瞑ってイっちゃうし。声も我慢してたね? さっきまであんなに可愛く喘いでくれてたのに、急にどうしたの? いや、それより。こんなシーツに、僕の可愛い晶の精液が……。舐めるのを楽しみにしてたのに……」
悔しそうにシーツを掴んで歯軋りしている理人に、晶の目が点になる。
こういう演技だろうかと疑ってみたが、頭を抱えて嘆いている残念な美形ぶりに晶の方が徐々に考えを改め始めた。
可能性として、だ。方向性を変えてみて。一つ、理人が晶に惚れていると仮定してみる。
特別扱いは、好きだからで。他と一線を画すのも、惚れているから。友人云々も、恋愛対象なら否定されて当然だ。そもそも、勝負だからといって好きでもない同性の尻の穴を舐められるのか。
すっかり拗らせていたので、肝心な部分が見えなくなっていた。
もし、ここに誘ったのも晶だからだとしたら。
告白するために、わざわざこんな部屋を用意したのだとしたら。
願望と賭けと。両者を手に、晶が動く。未だ悔しがっている理人を相手に、彼の真意を確かめようと理人の目を見た。
「お前、俺のこと……好き、なの?」
「もちろん。愛してるよ?」
「……」
「……?」
「それ、一言でも俺に言ったか?」
沈黙が落ちる。長い沈黙に、晶はそっと利き手に拳を作った。
「ち、ちがっ、今日! 今日、告白するつもりだったんだっ。でも……いざ、告白しようと思ったら邪魔は入るし、晶は逃げちゃうし」
「それは、……だって」
事実として、逃げてしまったことは認めるし謝る。だが、それまでの過程がどうだ。好きな人がいると聞かされて、まずそれが自分だと思う人間は少ない。その相手が同性なら尚更である。その上、あんな美女の登場だ。邪魔者が自分だと考えて、何もおかしくはないだろう。
「俺は、理人に好きな人がいるって聞いて、相談されてると思ったんだ。普通はそう思うだろ? 理人に好きな人がいるなら、俺は」
「僕が愛してるのは晶だけだよ」
不意打ちに近い告白が、動揺を誘う。
赤い顔をどうすることもできずに、下を向いた。そんな晶に、理人が迫る。
「生まれて初めて、恋をしてる」
「は?」
「実は、これまで人を好きになったことがなくて。家族以外の人間を、むしろ人と思っていなかったというか……。そのせいで好きだと気付いて認めるまで、半年くらいかかったんだ」
苦笑を浮かべる理人に、だから色々と突拍子がないのかと納得する。
理人のことだから手慣れ過ぎてこの結果かと思ったが、どうやら逆だったらしい。これは予想外だ。
「いや、待て待て。俺、お前の元カノたちと散々会ってるぞ」
「あー……関係は、ね」
含んだ言い方に、呆れてしまう。自分が付き合っていた女の子の立場なら、今ここで殴り飛ばしたいところだ。
「お前、案外最低だな……」
「自覚はあるかな。だから、自業自得というか。色々と大変だったんだ」
「大変って?」
「晶のことを考えると食事も喉を通らないし、夜は眠れないし、仕事も手に付かない。そんな状態が続いたあと、終いには倒れてね。こんなこと初めてだったから、優里亜さんがカウンセラーを家に呼んだんだよ」
「優里亜さん?」
「僕の母さん」
「お母さんッ? ……あ、再婚?」
「いや、実母だよ。晶のお母さんより軽く十歳くらい年上かな。老ける気がして嫌だって、成人後は名前で呼ぶように息子全員に強制してるんだ」
あれだけ若々しくて美人なら、なんとなく頷けてしまう。いやしかし、まさか母親とは。自分の母親と母娘だと言ったところで、誰も疑わないだろう。
「カウンセラーからおそらく恋だと診断されて、最初は納得しなかった。だけど結局、認めた。家族会議が開かれたのは、その直後だよ」
他人に興味がなかった息子が、いきなり恋をしたとなれば驚くだろう。しかも相手は男だ。家族は是が非でも止めたに違いない。家族全員の猛反対を受けて、よく晶を諦めなかったものだ。特に両親は息子が男を相手に恋しただなんて、絶対に認めたくなかっただろう。
「そこで父さんが、そんなに好きなら監禁して既成事実を作るのが一番だと。優里亜さんも実力行使に越したことはないから、薬でもなんでも使って押し倒せばいいって。少し迷ったんだけど、晶が他に取られるぐらいなら確かに薬でも監禁でも構わないかなって」
「……うん。家族会議の内容がおかしいな。まず」
なんてアドバイスしているのか。特に代議士の父親は色々とアウトだ。だいたい晶を諦めさせるためではなく、どうやったら晶を落とせるかが議題となっている。普通は逆だろう。
「だけど晶が手に入らないと意味がないんだから、このくらいはするべきじゃないかな」
「理人。犯罪って言葉、知ってるか?」
「いやだな晶、もちろんだよ」
ハハ、と笑顔の理人にそれ以上は何も言わなかった。
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