とある雑貨屋

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とある雑貨屋

 私は裕を置いて、一人で家に帰っている。 勢いで置いてきたのはいいものの、気分は晴れなかった。 時々感情的になりすぎるのは私の悪いところである。 今日も、そんな悪いところが出たかもしれないと一瞬思ったが、反省はしなかった。 だって、裕が悪いんだもん。 一人で家へと歩いている間、いつもと違う道をふと歩いてみた。 そこに、見たことのない雑貨屋ができていた。 私はあまり詳しくはないので、なんと表現すればよいのかよくわからないが、アンティーク調というのか、とにかく西洋風のものを扱っている雑貨屋だった。 どこか不思議で神秘的な雰囲気が漂っていた。 私は普段ならそういう雰囲気の物はそこまで好きでもないのだが、ふと入ってみることにした。 足が自然と雑貨屋へ向いた。中に入ると、店主は七十代くらいの女性だった。 その歳であれば、老婆、などと表現されてもおかしくないが、その人は背筋がピンと伸び、髪はとても艶やかな“女性”だった。 「いらっしゃい。外は寒いですか?」 女性が話しかけてきた。とても品のある声だった。 「もう、すっかり秋ですね。少し凍えるくらいです。」 私は答えた。店の中には、海外の金髪で青い目をした少女の人形や、古い時計など、独特な雰囲気を放つ雑貨が並んでいた。 雑貨のほかに、指輪やネックレスなどのジュエリーが並ぶ一角もあった。 見たことのない色をした、きらきらと光るジュエリーたち。 値札は付いていないので、値段は分からなかったがきっとお高いのだろう、と思った。 私はその宝石たちの美しさに目を奪われた。 ダイヤモンドのような透明の宝石は無く、すべて何らかの色を持ち、自らを主張していた。 その中でも、ひと際目を引く指輪があった。 「この指輪、きれい・・・。」 その指輪は真ん中に大きな青紫の石があしらわれたものだった。五つの爪が宝石を支えている。 「それは、タンザナイトという宝石ですよ。ダイヤモンドの1000倍希少ともいわれている石です。あなたにとても似合いますね。着けてみますか?」 私がその指輪にくぎ付けになっていることに気づいた店主が言った。 店主はその指輪を手に取り、私の左手を持ち上げた。 人差し指にはめていく。 「わあ・・・!」 思わず声が漏れる。 サイズもまるで合わせてあるかのようにぴったりである。 あまりの美しさに、息を飲んでしばらく無言で見つめる。 「きれいですね。おいくら位する物なんですか?」 「値段はね、付けられないのよ。ね、だから値札が無いでしょ。ここの店にある物は、すべて値段が付けられないの。ものすごく価値があるかもしれないし、全く価値のないものも紛れているかもしれない。私にも分からないの。」 店主は微笑みながら話す。 「あなたはその指輪に価値を感じた。だから、その指輪はものすごく価値のある指輪よ。価値があるかどうか、それが良いかどうかはすべてあなたの心が決めるの。そして、心は変わるもの。今までは何とも思っていなかったものが突然意味を持ち始めたり、その逆だったりすることもあるの。だから面白いのよ。」 店主はまるで歌うように話す。 「その指輪、あなたにあげるわ。あなた以上に似合う人がいないから。」 こうして、私の左手の人差し指には青紫が輝くようになった。
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