俺に絡んでくる吸血鬼は馬鹿です

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俺に絡んでくる吸血鬼は馬鹿です

 ――今日は煙草が不味い。  曇天の空を見上げながら、ふと俺はそう感じる。特段煙草に旨さを感じたい訳ではないが、不味いよりかは旨い方がいい。  まあ、別に煙草なんか吸わなくても生きていけるが……俺は早く死にたいから、こうやって毎日の様に吸っている訳だ。しかし何故だろう、今まで一度も旨いと思った事はない。不思議だ。  ついでに俺の人生も、今まで一瞬たりとも、生きてて良かった。何て感じたことがない。不思議だ。不思議でならない。  俺は今日も狭い路地裏を歩く。日々通っているタバコ屋は、ここを通れば早く着く。何事もなければ。 「今日も来たのね糞奴隷!」    そんなキーの高い声が俺の耳に刺さる。その声を聞いただけで、煙草が更に不味くなった。 「おい何回言ったらわかるんだよ。俺はお前の奴隷じゃねーっての」 「ふふん、そうね。奴隷じゃないわね。『糞』奴隷よね!」  ウザい。  先程から俺にやたら絡んでくるこいつの名前はヨハン。吸血鬼だ。  俺の事を奴隷呼ばわりする理由については不明だが……。こいつが絡んでくる理由ははっきりしている。俺の血を飲むためだ。  言い忘れていたが、俺はアンデッドだ。  アンデッドとはその名の通り、不死者である。ついでに老いたりもしない。さらにはどんな傷を負っても、一日寝たら治る。一見羨ましがられる体かも知れないが、それは人間の尺で測った場合だけである。  吸血鬼や九尾の狐、鬼、天狗といった妖怪は普通に人間の倍以上生きる。その為、不死者なんてこの街ではさほど珍しいものではないのだ。逆に、どれほど痛めつけても死ない人間。食人文化のある妖怪の間では、高値で取引されている代物だ。  つまりはただの食料。どうしよう、俺の人生が詰んでいる。あ、もとからか。  話をまとめると、俺に喧嘩を売るこいつも、所詮そこらの妖怪同様俺を所有物としたいだけの浅はかな妖怪だということだ。  基本的に、アンデッドは能力の類いを持たない。RPGで例えると、再生能力にスキルポイントを注いでいる感じだ。  しかし俺は違う。食人文化が流行しちゃってるこの街で生きていれるのは、俺がめっちゃ強いからだ。  そこいらの吸血鬼なんかに負ける事はない。 「今日こそアンタの血……飲ませてもらうわよおぉぉぉぉ!!」  そう叫びながら、ヨハンは漆黒の翼を展開させ、真正面から突っ込んでくる。俺は逃げる訳でもなく、タイミングを見計らい……。 「せいっ!」 「べきょ!!?」  無防備な頭に回し蹴りを叩き込む。その時にパキッと乾いた音がしたが、なんて事はない。互いに骨が折れただけだ。 「クッ……。やるわね奴隷……。そうでなくては面白くないわ」  ゴミの山から頭を出しながらそう言うと、ヨハンは腕に力を込め、爪を長く伸ばす。吸血鬼の特性の一つで、爪や牙を攻撃可能な状態に出来るのだ。  長い爪をブンブンと振りながら、ヨハンはまたも真正面から突っ込んでくる。全く学習しない奴だ。  仕方がないので、先程同様に無防備な頭を掴み、そのまま膝をめり込ませる。「ぺきょっ?!」と不様な声をあげて、地面に倒れるヨハン。決着はついたようだ。 「んじゃ、今日も俺の勝ちでいいな。じゃあな」  答える声はない。何故ならヨハンは気絶しているから。普段通りヨハンが気絶するという形でもって、俺は勝利を手にした。  全然嬉しくないけど。 「今日こそ血を吸わせて貰うわよ糞どれきゅぴょ?!」  出会い頭に一発、ヨハンの顔に拳を埋める。あの決闘から早くも一週間が経ったが、こいつは一向に学習しない。今日も元気よく、常套句を述べていた。 「奴隷!血を飲ませ……ブヘベッ?!」  ――次の日も。 「この高貴なる私に、血を捧げなさ……バビュッ?!」  ――次の日も。 「い、いい加減に……血を……飲ませ……」  ――そのまた次の日も。  煙草は不味かった。つまり、ヨハンは俺の血を欲した。時に手段を変えて、時に姑息な作戦にでて……などいないが。馬鹿正直に宣言して、真正面から襲いかかる。  最近わかった事だが、ヨハンは底抜けにバカだ。正直言って人間より頭が悪いんじゃないだろうか。この俺が哀れんでしまう位に、ヨハンはバカだ。  しかしその事を本人に聞いてみても、自覚症状は無いようで、「ぷぷ、私に知能で負けているからって、あからさまに嫉妬しないでよ」とほざいていた。これ以上のコミュニケーションは不可能と判断し、肉体言語で丁重にお返事させていただきました。  今さらだが何故こいつは俺の血を欲するのだろうか。野良のアンデッドなんて、探せばそこら辺にうようよいる(かどうかはわからないが)。別に俺じゃなくてもいいはずだ。  思考するも、次第に馬鹿馬鹿しくなり、馬鹿馬鹿しいといえば生きるって面倒だな。よし、煙草吸って早く死のう。という結論に達し、煙草を買いに家を出た。  しかしこの日はヨハンに絡まれなかった。  不審に思いつつも、先程の自分の考えを思いだした。作業の効率化を計るのならば、いつまでも捕まる気のないウサギを追うよりか、新たなウサギを追った方が千倍マシだ。そこでそのウサギを捕まえられるかどうかはわからんが、そこからは俺の干渉出来ない話。考えてたってしょうがない。さっさと死にたい、今日この頃。 「マスター、煙草一箱」 「お前昨日も買ったじゃねえか。いい加減にしないと死ぬぞ」 「死にたいんだよ。いいから売ってくれ」 「……まあ好きにすればいいさ。俺は忠告したからな? ……そうだ。これ、今日の新聞の号外。なかなか面白い内容だから読めよ」 「おー。丁度欲しかったんだよ。鍋敷き」 「……好きに使えばいいさ」  鍋敷きに使うとは言ったものの、一応目を通しておく。最低限のマナーという奴だ。  見出しにはでかでかと、こう書かれていた。 『北の吸血鬼、条約に背き追放へ』
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