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何でお前が不動について詳しく知っているのか。そんな空気が教室に流れ、わたしはどこか醒めた頭でいつか聞いた言葉を思い出していた。
――――下のモン守るんが、ワシの唯一、身体張れる仕事じゃけえ。
そうだ、立場はわたしが上だもの。わたしが不動の汚名を晴らさないと。
「……不動は、わたしを守ってくれたの。不動は、わたしの情報を一切言わず、一方的に殴られてくれたの。それなのに、あの顔面で、勲章だって、笑ってくれた。そういう良い奴なの!!」
はあ、と。言い終えた後……の祭りだ。
言ってしまった言葉は取り返せない。そう、いつだって決まっている。
「俺……ずっと思ってたんだけど。鷲見って……まさか鷲見組とかいうのじゃ……」
ぽつり、と誰かが呟くように吐いた。
「え、まじ?」
ざあああああっと教室の空気が変わる。
見る目も、雰囲気も、変わる。何もかも全て。
あ、知っている。これ――――怖くて避けて行くやつだ。
ひそひそと可能性だとか、怪しいと思っていたとか、不動もそうなんじゃ、と知らない所で妄想が広がっていく。
ちひろも数歩、離れたように感じる。そうだよね、怖いよね。社会にだって受け入れられないんだから。
知っている。うん。もう手遅れ。それならば。深呼吸してから、放った。
「そうだよ! わたしは鷲見組の三女! でも、不動は関係ないから!!」
そう言い残し、わたしはその場から逃走する。逃げる先はトイレだ。もうあの場にいたくなかった。
「ああ、言っちゃった、言っちゃったよぉ」
終わった、と思う。また友達ゼロのぼっち生活に逆戻り。
個室の便器を背後に、悲しみや怒りやなんだかんだを深呼吸で落ち着かせていた。
うじうじと唸ること数分。無情にも響く授業開始のチャイム。
……帰ろうかな。
バッグ……は、教室行きたくないから、諦めて。このまま手ぶらで……そう考えていたときだった。
ドンドンドン! とトイレの扉がものすごい勢いでノックされる。
そして、大きな音と共によく知った声。
「咲子さん!! オレ……何でオレのこと言っちゃったんすか!!」
「不動? ……え! ここ女子トイレ!!」
急いで出て、不動の腕を掴み、引きずって行く。
当たり前だが、もう人は廊下にはいない。
「咲子さん! どうして言ったんすか! オレ、てっきり友達がいなくなるのが嫌で……って思っていたんすけど」
はは、正解だよ。と、内心答える。
「……もうよくなったの」
「どうして! それに。オレの、オレが鷲見にいるって、どうして言わないままでいてくれたんすか!」
「……言ったら不動、友達いなくなっちゃうでしょ」
「そ、それが嫌で、オレも言わないでいたんすけど……どうして」
嗚呼、やっぱり不動も嫌なのか。そうだよね。皆いなくなっちゃうもん。
「良いの! それに、立場ではわたしが上でしょ? 上のモンは下のモン守る。その為に身体張るってじいちゃん言っていたもん」
軽く、だから気にすんなよ、と挨拶みたいに言ったのだけれど、不動はそう捉えなかった。
「あ……さ、咲子さ……いや、アネゴ! かっけー! カッコ良すぎっす! オレ、感動しました! 一生付いていきやす!!」
ガン、と音がするくらいまで勢いよく土下座した。
「え、ちょ、不動? 怪我しているんだよ、え?」
「ケジメつけてきやす!」
全く聞いていない様子で、突然走り出した。そして、その数分後。
校内放送が響いた。
「オレ、不動新太は、ここに天下の鷲見組であることと! そして、我らがアネゴ、鷲見咲子さんに一生付いて行くことを誓います!!」
キーン、と耳鳴りがしたのは、わたしだけのようだ。
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