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「僕が、嫌いになったのですか?」
矢吹は悲しそうに眉を下げる。そうではない。
「違うの。だって、矢吹はわたしの親じゃないから」
「では、兄として行きます。大丈夫ですよ、演技は得意なので!」
「あ、ち、違くて」
……そうだった、この男に気を遣ってはいけないのだった。こうなれば、傷つくだろうが、仕方ない。意を決して口を開く。
「わたし、鷲見組が嫌いなの。それに、家がヤクザだと思われたくない。だから、学校には来ないで!」
「……僕、ヤクザに見えますか?」
「ええ、ばっちり見えるわ。というか、普通の人には見えない」
この若さで、ビジュアルで、ピアスはいつも黒を、ちゃらちゃらした服やお洒落なものを着ていそうな若者が、ぴったりとしたスーツ。それも、ご丁寧にシャツまで黒だ。これが普通に見えるだろうか。
「……僕、まだ入れ墨も掘ってませんし、カジュアルな服装なら大丈夫だと思いますよ!」
「持っているの? そんな服。わたし、見たことないけれど」
見たことあるのは、アロハシャツくらいだ。しーん、と矢吹が黙る。
「今から買ってきますね!」
「待って! それだけじゃないの。来てほしくない理由はたくさんあるから! だから、来ないで! お願いだから」
矢吹は優しいし、わたしの為にいつも頑張ってくれている。それを知っているだけに、心苦しいが、仕方のないこと。
矢吹はその見た目から、本人は気が付いていないが、よく目立つ。ヤクザだなんだ、を抜きにして考えても、普通の友達を作りたいわたしには側にいられると困るのだ。
「……わかりました。では、これだけでも」
寂しそうに笑ったのは一瞬で、矢吹はいつも通りの表情に戻った。そして、胸ポケットから手渡してくれたのは、小さな黒猫のキーホルダーだった。
「可愛い」
「咲子さんは猫が好きでしょう? 僕からの入学祝いです。猫の尻尾を引っ張ると防犯ブザーになっているので、不審者を見かけたら素早く引くんですよ!」
「矢吹、心配し過ぎ」
「だって! 恵美子さんや風子さんは毎日送り迎えでしたけど、咲子さんは一人で登下校すると聞きました」
ヤクザが嫌なら、仕方ないですね、と矢吹は笑った。
が、送り迎えに関しては、わたしの意志ではない。父は、そんなことを言わなかったし、提案もされていない。
学校の子にバレないように姉達よりも遠くに行くのだが、まあ、仕方ないか。矢吹に心配はかけまいと笑う。
「ありがとう。行って来るね」
「はい、お気をつけて」
黒猫ブザーをスカートのポケットに突っ込んで、歩き出した。
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