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矢吹という男
雲川に連れて来られたのは、居間。いつもは会議だったり、組織の大切な話をするときに使うので、家の中でも奥まったところにある。
いわば、この鷲見組という城の天守閣。
一歩、踏み込んで、いつもとの違いに気が付いた。
案内してくれた雲川が一礼をして、出て行く。
「……お父様」
姉だけではなかった。いつもなら、姉達に散々怒鳴られ、蹴られ、罰として掃除やらなにやら、奴隷の様なことを数週間させられる。
わたしはこれを、心の中で「シンデレラ行為」と呼んでいた。
義理の姉達にいじめられているシンデレラそのものだからだ。
「そこに座れ」
冷たく、視線も交わらない父に言われ、静かに従う。大き過ぎる部屋に、一人、わたしが正座をする。それを、決して近くはない距離で、三人が見下ろしている。
「お前のしたことは、アイツそっくりだ。何故、じっと出来ない? すぐに男を誑かす? うちの組を潰すつもりか」
「そ、そんなことは」
「矢吹が組長候補だと知ってのことだろう。この組がそんなに欲しいか」
「わ、わたし――――」
「お父様。私、見たのよ。この子、矢吹に構って欲しくて必死に泣きついていたわ。可哀想に……矢吹はお父様の娘である咲子を無下に出来なかったのよ」
は、はあ?
「そ、そんなこと、わたし、していない!」
「嘘よ! アタシも見たもん。嘘が得意なのも、お母様そっくり」
「お母様はそんな人じゃ――――」
わたしの言葉を遮るように、父が一際大きな声を出す。
「黙れ! お前の処罰は決まっている。言い訳はするな! お前の様な奴でも、苗字が鷲見である限り、鷲見組だ。せめて潔くしろ!」
わたしは何もしていないのに、潔くってなに? わたしは好きで鷲見に産まれて来たわけじゃない!
「……これを。お前は今から横浜市内にある、うちが管理しているアパートに住め」
「……あぱーと?」
鍵を投げられた。古そうな、見るからに安物の玄関キー。
「ここには呼んだとき以外は来るな。お前の家は今からその鍵の場所だ。もちろん、この家にいる奴等とも関わるな。矢吹にも、もう会うな」
ぱちぱちと瞬きを繰り返す。え? わたし、追い出されたの?
ぽかーんと呆気に取られているうちに、どさ、とお金を目の前に放り投げられた。
「金も、これくらいあれば足りるだろう。あとは自分でなんとかしろ」
それだけ言って、父は部屋を後にした。
くすくすと笑い声が聞こえて、姉達が目の前にいるのに気が付いた。
「ばいばーい、咲子。何度言っても聞かないからよ、ブスのくせに」
「これ、荷物まとめて置いたから。早く出て行くのよ」
あははっと笑いながら、姉達は行ってしまう。
終始呆気に取られ、そのまま、わたしは車に乗せられ、本当に横浜にひとり、置いていかれた。
どうやら。わたしは一人暮らしが始まるみたいだった。
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