矢吹という男

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 言われた通りに、ぼろいアパートの二階へと入る。  八つしかない部屋は、ほとんどが身寄りのないお年寄りが入居していた。  風呂も無ければ、洗濯機もない。水道と電気は使えるみたいなので、そこは良かったが……これからどうしよう。  鷲見が管理している、と言っていたが、管理している中でも一番古く放置している場所のように感じる。  とりあえず、このお金で過ごしていかないといけない。何が必要だろうか。冷蔵庫? レンジ? ああ、家電?  いつも一人だから、寂しくはない。  矢吹と会えないのは悲しいが、仕方のないことだろう。父の言うことが本当なら、早く矢吹が組長になれば良い。きっと良い組になる。  布団もないので、地べたに座り、目を閉じた。いろいろ考えると疲れる。ため息が漏れる…………あーあ、また矢吹、か。  湿気ている畳に寝転がり、天井を見てこれが夢だったらいいな、とひとり考えていた。  目覚ましは、相変わらず仕事をしてくれた。  朝食は……昼と同じで良いか。ここから学校まで、どのくらいなのだろう。昨日は暗くてよくわからなかったが、どうやって行くか。  検索しようとしたところで、ドアを叩く音が聞こえた。 「おーい! 咲子さん! 朝ですよー!」  咲子さん、と呼ぶのは、組の者しかいない。でも、聞きなれない声に戸惑う。 「は、はい」  用心して出たが、金髪の男がいた。人懐っこそうな外見で、その耳は物凄い数のピアスで埋め尽くされている。  そして、服が――――同じ学校。 「オレ、不動っす。不動新太! えっと、今日から咲子さんを監視しろって組長……咲子さんのお父さんから言われてきました! すぐ下の階に住んでるんで、よろしくっす」 「あ、どうも……あの、制服」 「あ、そうっす! オレ、三年五組っす。咲子さんは今日からっすよね。何組っすか?」 「え、あ、よ、四組」 「あー、四組! 友達出来ると良いっすね~」 「あ、はい」 「じゃ、行きましょうか」 「え、あ、はい」  こういう明るいタイプのパリピは苦手だな、と思いながら歩く。  でも、一緒に学校に行ってくれるということは、道を教えてくれているってことだよね。もしかして、いい人?  内心、どう思っているんだろう。怖い。きっとわたしのせいで飛ばされただろうから、怒っているよね。 「あの」 「はい? どうしました? あ、もしかして銭湯っすか! 風呂なしっすもんね! オレ調べたんすけど、近くても徒歩十五分しかなくて~ 冬は湯冷めしそうっすよね」 「あ、ち、違くて。あの……ごめんなさい。わたしのせいですよね」 「……何がっすか? ああ、あのアパート暮らし? ぜんっぜん気にしてないですよ、マジで! 一人暮らしとか夢だったし、マジパネェじゃないっすか?」 「え、ぱね?」  何の話だ? 何語だ? と考えている内に、その横顔は楽しそうで安心する。なんだ、やっぱり良い人か。  一重瞼の上にもピアスが付いていて、怖いとは思うが、この人なら気楽にいられるかもしれないと思った。
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