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「それにしても、聞きましたよ! あの矢吹さん取り入ろうとするなんて……マジ最強っすね!」
不動はカッコいいっす! と笑う。
「いや、取り入ろうなんて思ってなくて」
「またまた~! 謙遜しなくて良いっすよ! で、どうやって落としたんすか? あの人、マジ怖いじゃないっすか~」
「ん? こわい? 誰が」
「またまた~! 見た目から怖いじゃないっすか! よく言えばクール、悪く言えば常に怒ってるじゃないっすか」
「いや、でも尊敬する」と不動は何度も頷きそして、眉を下げて「オレには話しかけるのも無理っす」と大袈裟に怖がる素振りを見せる。
え、怖い? 常に怒っている? はて。わたしの知らない人と勘違いしている。
「えっと、そっちの矢吹じゃないよ。わたしが仲良くしていたのは、違う方の矢吹だから」
「は、え? あれ? オレ知らなかったっす! 矢吹さんて二人いるんすか?」
「だって、え? えっと……不動が言っているのはどちらの矢吹? わたしが言っているのは、矢吹照の方だけど」
「オレが言っているのも矢吹照さんっすよ。次の組長って言われてる、マジ怖そうな最年少幹部の、あの矢吹さんっすよ。カッコいいし憧れますけど、めちゃくちゃ厳しいじゃないっすか~」
あれ? 同じ人物とは到底思えないような違いが圧倒的にあるが、一致しているところもある。
「あの……いつも優しくて笑顔で、えっと、わたしにも平等に話しかけてくれる矢吹の話だと思ったんだけど?」
「……優しい…………誰っすかそれ? そんな矢吹さん、オレは知らないっすね。新入りっすか?」
からかっている様子は微塵もなく、本当にわからない、という顔をする不動。より混乱する。
「……矢吹って双子なのかな」
「えー! あんな恐ろしい人、双子とか勘弁っすわ~!」
「あ、でも待って! わたしがお父様の娘だから、無理していたのかも」
そうだ。どうして考え付かなかったのか。組長の娘だもの、きっと頑張って優しくしてくれていたんだわ。
それとも、あれが素で、不動たちの前では威厳を示すため?
「……オレが見たときは、んなことなかったっすけどねえ」
ぼそっと、不動が何か呟いた。
「え?」
「いや、何でもないっす! それより、あのアパートからの方が学校近いんすよ!」
「へー、本当だ」
呑気に通学していたが、周りに生徒が多くなって気がついた。そうだ、こんなパリピと仲良くしていたら、ちひろもドン引きするかも。
「ちょ、ちょっと、不動。あの、わたしは一年で、不動は三年でしょう?」
「そうっすね!」
「だから、わたしに敬語は止めてね! それと、学校ではあんまり話しかけないで欲しいの」
「え? それはヤバくないっすか? だって、オレはペーペーで、咲子さんはお嬢っすよ?」
流石に抵抗があるのか、苦笑いをする。確かに、組の誰かに見つかってまずいのは不動の方だもんね。
「でも、そこをなんとか。お願いだから。ね! 誰かに言われたら、わたしのせいにして良いから!」
「……じゃあ、オレからもお願い良いっすか?」
う、こいつ、立場が上のわたしに交渉しようってのか。一瞬、そう思ったが、頷くことにした。そうよ、わたしは鷲見という苗字だけで、偉くもなんにもない。
ただの、女子高生と変わりない。ただ、あそこにたまたま産まれただけ。
「じゃあ、ちょっと」周囲を確認してから、わたしの耳元に寄る不動。聞かれたくないのか。いったいどんな条件なのかとハラハラする。が出てきた言葉は予想外だった。
「……新太先輩って呼んでくれません?」
「……は?」
「いや、オレ夢だったんすよ~! 後輩にそう呼ばれるのが! あの学校の生徒って『不動先輩』か『新太ちゃん先輩』としか呼んでくれなくて、ショック受けてたんすよ! マジ頼むわ、咲子ちゃん!」
なんだ、そんなことか。焦っていた自分が情けない。
そうだよね! 不動みたいな人が、無理難題とか困るようなことを要求してくるわけないよね! 思わず笑みが零れた。ほっとした。
「ふふ、わかった。よろしくね、新太先輩」
「やべー! テンション上がるわ~! マジか! ありがとう」
本当に嬉しそうな顔をした不動は、約束通り、学校周辺になると離れた。特に理由も聞かずにいてくれたことに感謝をする。
うん。不動とは上手くやっていけそうなことに、改めて安心した。
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