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ちひろも同じクラスだったので、ほとんど同じ時間を過ごした。
昼休みも食堂へ行くわたしに、お弁当を持ったちひろは付き合ってくれた。
「ごめんね。やっと買えたよ。素うどんにしたの」
まだ温かかいうどんを両手に、食堂で席を取ってくれているちひろに駆け寄る。
「美味しそうだね。私も明日は素うどんにしようかな」
笑ってくれる。生徒の八割(特に一年はより多い)は弁当を持参してきているのに、理由も聞かずにいてくれる。
それがわたしには、凄く嬉しかった。
「あ、あれ、噂の人らしいよ」
「……噂?」
ちひろが声を抑えて視線だけで合図してくる。食堂に入って来たギャルっぽい女子生徒や同じく髪を染めた男子生徒に囲まれて楽しそうに話すのは、髪を金色に染め、ピアスが多すぎる男子――――不動だった。
「あの先輩、ヤクザと繋がっているって噂。他校とも喧嘩しまくってて……とにかく派手なんだって」
「へ、へえ」
どういう反応が正解なんだろう、と内心ドキドキする。怖がるべきなの? 相槌だけでも大丈夫なんだろうか。
「先生も手に負えないらしくて。とにかく気を付けな。さっき教えて貰ったの。咲子も近づかない方が良いよ」
何されるかわからないし、と、ちひろが眉をしかめる。
嗚呼、噂だけで、判断しちゃうんだ。胸に痛みを感じる。不動は良い人なのに。組で厄介者扱いされているわたしにだって、笑って話してくれるし、お願いだって聞いてくれた……優しいやつなのに。
「……うん、気を付ける」
ごめん、不動。
楽しそうな不動を罪悪感で見つめていると、ふと、目が合った。そして、すぐに逸らされる。
約束したもんね。わたしもすぐに切り替えて、ちひろと過ごした。
帰りに、うっかり鷲見の家に行きそうになって、電車を乗り過ごしてしまい、すぐに気付き引き返す。
今日のお風呂はどうしよう。
そういえば、不動は駅の近くにあるって教えてくれた。それを思い出し、スマホで検索する。
「あ、これかな?」
駅からアパートまでの間に、銭湯屋さんがあった。凄く古そうだが、その近くにはコインランドリーまである。
一度帰ってから行った方が良いかな。今夜の食事も考えなきゃ。
「ひとり暮らしって大変だな……」
なにげなく入れたスカートのポケットに、矢吹がくれた黒猫がないのに気が付く。そういえば、今朝アパートに置いてきてしまった。
矢吹はわたしがいなくても平気そうだが……それにしても、今朝、不動から聞いた話はまだ理解できていない。
あの笑顔しか思い出せない矢吹が、怖い? ヤクザなのだから、怖い面もありそうだけど。まさか身内にまでそれをする意味はない。
失礼だが、きっと不動にだけだろう。
不動、きちんと言われたことを出来そうにないし、無神経にズケズケと人の怒りに触れそう。と、そんな姿を想像して笑いが込み上げる。
「ふふ」
案外、本当にそうかもしれない。
徐々にアパートが見えて来て、ふと笑みが消えた。一階のドアが外れている。ドアノブを壊したとか、そういうのではなく、ドアごと、破壊されていた。明らかに不穏な空気が漂っている。
「……え」
その部屋はわたしのちょうど下。ということは、不動の部屋だ。な、な、何事!?
まさか――――他の組によるカチコミ? で、でも、どうして下っ端の不動に?
思わず茂みに隠れ、様子を見る。わたしがバレたらまずい。
それにしても、カチコミにしては静か過ぎる。前にうちがカチコミに遭ったときはもっと騒がしかったし、わたしは隠れていたけど。
「な、何だ!?」
振り返ると、わたしが先ほど来た道に不動がいた。
目を見開き、険しい顔つきをしている。そりゃ驚くだろうとも。だってドアが無くなっているんだから。
というか。
「不動、今、帰ってきたの?」
じゃあ、カチコミじゃない?
でも念のため、と不動もこちらに隠れるようにと口を開いた瞬間、不動が走った。アパートに向かってだ。
「誰だ! オレの家ぶっ壊したのは!」
ああ! そんな、単身で!! 死にたいのか。中にまだいたらどうするんだ! わたしも身を乗り出しそうになって、抑える。
駄目だ、わたしはまだ、鷲見の愛娘。他組にしたら喉から手が出るほど欲しいはず。
そうだ、だ、誰かに連絡しなきゃ! ……誰に?
スマホのアドレス帳にはちひろちゃんしかいない。他の誰と連絡するのも禁止されているし、消されてしまった。
警察――――沙汰は家の都合上、まずい。何があっても警察には連絡するな、が教えだ。カチコミどころか銃刀法違反で組ごと潰される……諸刃の剣どころか博打だ。
ど、どうしよう。
不動は部屋に入ったきり出てこない。中は薄暗くて見えない。声も、聞こえない。
頭を必死に回転させるが、直接、鷲見に家に行くしかない気がする。
こんなときばっかり、わたしは鷲見を頼るの?
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