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「えーっと、本当に経験がないのか?」
「ないよ。そんな事で嘘ついてどうすんだ」
「キスも?」
夏生は素直にこくりと頷く。ペンネームとはいえ、サイト上では彼女いない歴が実年齢と同じだと宣言しているのだ。今更兄相手に隠し立てするつもりはない。
「してみたいとか思わないの?」
「そりゃ人並みにムラムラくらいする。でもヤリたいとは思っても、女と付き合いたいとはあんまり思わないな」
過去に好きになった女の子は何人かいた。彼女たちの側にいると心が浮き立ったし、きらきらした笑顔や、花のように着飾った姿をかわいいとも思った。だが誰かと付き合ったとして、その先のヴィジョンが何も浮かばないのだ。多分自分は他人と親しく付き合う事に不向きなのだろうと思う。
「へえ、俺は断然生身の方がいいけどな。まあ未経験だからこそこんなシチュエーションが浮かぶのかもしれないけどさ」
薫はそう言いながら、自分が着ている寝巻代わりのTシャツの裾を捲って、冗談めかした視線を投げかけてくる。日に焼けた事などないかのような真っ白な肌が露になると、夏生は動かし続けていた手を止めて目を瞠った。
割れてはいないが、贅肉が一切ついていない腹。ハーフパンツのウエスト部分で見え隠れする小さな臍。何より目を奪われたのは、桜貝のようにはかない色合いの乳首だ。
Tシャツで擦れたのか、それとも部屋の空調が効き過ぎているせいか、そこは触れてもいないのに固くなっており、いっそう卑猥さを引き立てていた。
「おい、何まじまじ見てんだ」
「ちょっと待って。もうちょっとそのまま」
「は? 何言って……」
「頼むよ」
夏生の気迫に押されたのか、薫は諦めたように嘆息して、シャツを捲くったまま俯いた。どうやら夏生の好きにさせてくれるらしい。
じっくり観察するには、間にあるローテーブルが邪魔だった。夏生は立ち上がると、薫の目の前で胡坐をかき、至近距離で桜貝色の乳首を見つめた。
白い素肌の上に鎮座するピンクの尖った乳首は、童貞の夏生には刺激が強過ぎた。こうしてじっと見ていると、この可憐な粒を思うさま舌で転がしてみたくなってくる。
夏生は口の中いっぱいに溜まった唾液を飲み込み、若干荒くなってきた息を誤魔化すように、薫の顔に視線を戻した。いつの間にかこちらを見ていた薫と目が合い、その濡れた瞳にドキリとする。
(もしかしたら薫ちゃんもちょっと興奮してんのかな)
「……なあ、これ触ってみてもいい?」
乳首を指差し、思い切っておねだりしてみたが、今度はぶんぶんと首を振りながら「ダメダメ! お触り禁止!」と、全力で拒否されてしまった。
「つか、これずっと見てたらなんか勃ってきたんだけど」
「え、ええええ⁉」
実は白い腹を見た時から既に兆しはあったのだが、胸の卑猥な桜貝を至近距離で見た瞬間、あっという間にエンジン全開になってしまった。
「さ、さっさとトイレで抜いてこいよ!」
「そうする。今日はもう終いにするから兄貴も自分の部屋で寝ていいよ」
触れなかったのは残念だが、触っていたら射精してしまっていたかも思うと、拒否ってくれてよかったのだろう。猛る下半身をそう無理矢理納得させると、夏生はおもむろに立ち上がった。
「手伝ってくれてありがとうな。腹出したままで寝るなよ」
部屋を出る間際にそう伝えると、薫はこちらに背を向けたまま「わかってるから、さっさと行け!」と答えた。険のある言い方だが怒っているわけではない。おそらく薫は照れているのだ。
「――おやすみ」
(今日は薫ちゃんの意外な一面を知っちまったな)
就寝の挨拶を口にしながら、夏生は微笑ましさに口元を綻ばせた。
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