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 一方、兄の薫は、昨日以上に狼狽していた。  弟の部屋でドギツいエロマンガ本を見つけたかと思うと、今朝はやけに慣れた手つきで頬を撫でられた。心配そうに顔を覗きこまれ、まるで自分が小さな子供にでもなったような、いたたまれない気分にさせられてしまった。  あんな本を愛読しているくらいだ、ああ見えて実は経験豊富なのかもしれない。もしや童貞なのではと怪しんでいたのだが、早計だった。  薫は自室のベッドに腰かけ深呼吸をすると、波立った気持ちをひとまず落ち着かせる。  後で話があるとは言ったものの、どうやって切り出せばいいのだろう。  昨日見つけた証拠物品は元の場所に戻しておいたが、その事を追求したら、薫が無断で部屋に入り、家探しした事も芋づる式にバレてしまう。温厚な夏生の事だから、眦を吊り上げて怒り狂うなんて真似はしない。だが、冷たく一瞥くらいはされるかもしれない。  薫はさっき見た、心配そうにこちらの様子を窺う夏生の黒目がちな瞳を思い出す。あの穏やかな目に冷たく見下ろされるところを想像しただけで、首の後ろがヒヤリとした。  いっそこのまま静観した方がいいのだろうか。  夏生は家族思いだし、他人を困らせたりする事もない。寡黙ながらも真面目な好青年と、ご近所の評判もいい。謎な部分も多いが、基本的にはごく普通の成人男子だと思う。よくよく考えれば、若い男の部屋にエロアイテムが一つもない事の方が問題ではないか。 「そうだよ、エロマンガの一つや二つ、一体なんの問題が……」  そこまで考え一瞬納得しそうになるも、かごめのあられもない姿を思い返して、やっぱりダメだと頭を振る。  ああいう手合いの物に一定の需要がある事は薫も知っている。娯楽として割り切れば充分楽しめるし、それ自体を否定するつもりはない。  だけど夏生にはダメだ。  純粋で真っ直ぐな弟の事だ、あの偏った世界観に感化されてしまうかもしれない。ヘンテコな扮装や、妖しい器具でいたぶる事がスタンダードなやり方だと思い込んでしまったら大変だ。いつか彼女ができた時、拒絶されて傷つくのは夏生なのだ。そうかといって、勝手に部屋に侵入したあげく、引き出しを漁った事を正直に話すのもやはり躊躇われた。 「夏生になんて言やいいんだ……」  薫はベッドに体を投げ出すと、ふかふかの枕に顔を埋める。こだわりの羽根枕は肌にひんやりと冷たく、無駄に火照った薫の顔を柔らかく受け止めてくれる。そういえば昨日見た夏生の枕は、相変わらずそばがらだった。実に夏生らしい素朴さだ。  触手だの凌辱だの、あの純朴な弟にこれほど相応しくない物もないだろう。義理とはいえ、兄として、夏生には普通の恋愛をしてもらいたい。  そこまで考えたところで、薫ははたと気がついた。要は弟の興味が健全なエロスに向かえばいいのだ。現実の女の子がどんな物か知った上で、気なぐさみとしてマニアックな創作マンガを読む分にはなんの問題もない。  夏生にとって身近な女の子と言えばお隣の美和子しか思いつかないが、あの作品の作者かもしれないと思うと、一般的な感覚を持った女子とは言い難い。 ごくありふれた感性の持ち主であり、なおかつ喜んで薫に協力してくれる相手となると、たった一人しか思い浮かばなかった。 「……面倒な事になりそうだけど、二の足踏んでる場合じゃないしな」  そうポツリと呟くと、薫は枕元に置いていたスマートフォンを操作して、アドレス帳を呼び出した。
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