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 母が煎れてくれたアイスティーを飲みながら、薫はひたすら苦悩していた。  朝、沙織に事情を説明し協力を頼むと、彼女は二つ返事で了承してくれた。家に向かう間、沙織と綿密に打ち合わせをし、母には頃合いを見て外に出てもらうように頼んだ。  友達を紹介したいから内気な夏生が萎縮してしまわないよう、席を外してくれないかと言うと、息子の意図を察したらしい母は快く承諾してくれた。どうも母は母なりに、夏生に女友達の一人もいない事を気にしていたらしい。  それからはうまい具合に話は進んだ。美和子の事は予想外だったが、ついでにあの冊子の事を聞き出せるかもしれないと思えばちょうどいいタイミングだった。 「……でき過ぎなくらい、うまくいってるよな」  全て思惑通りに進んでいるというのに、何か引っかかる。なんとなく背中が痒いような気がするけど、どこを掻いたらいいのかわからなくてイライラする、そんな感じだ。  今朝からの出来事を頭の中で繰り返しなぞってみても、自分が何に引っかかっているのか皆目わからない。母も沙織も協力的だし、夏生は昔と変わらず心根が真っ直ぐだ。自分より低い声は魅力的だし、凛々しい顔立ちの中にくるりとした黒い瞳だけがどこか寂しげで、庇護欲をかき立てられる。実際、夏生を近くで見た沙織は、一瞬で心を奪われていた。 (今まであんまり気にした事なかったけど、夏生ってやっぱり見た目はいいんだよな)  何気なくガラステーブルに映る自分の顔を眺めてみる。吊り気味の目も細い顎も、弟とはまるで似ていない。血が繋がらない兄弟なのだから当たり前だ。 顔だけじゃなく、体つきもまるっきり違った。  自分が特別貧相だとは思わない。決して逞しくはないが、ごくごく普通の体型だと思う。だが弟は薫よりずっと男っぽい体をしていた。スポーツなどろくにした事もないくせに、押しつけられた胸板はみっしりと厚く、薫を抱きすくめる両腕は力強かった。  あの顔にあの体だ。街を出歩けば、異性の視線を引かずにはいられないだろう。家にこもったりしないで、ほんの少し意識を外に向ければ、これまでとは全く違う新しい世界が広がっているのに。  弟に違う世界を見せてやりたい。確かにそう思っているのに、なぜか胸がもやもやした。  沙織が迷わず夏生の隣に腰かけた時も、胃の辺りがちくちくと痛んだ。自分の顔が好きだと言っていたくせに、あっさり夏生に乗り換えた沙織に対する苛立ちなのかもしれない。あるいは兄としての矜持のようなものか。いずれにしても、正体不明のもやもやは、夏生が自室に引き上げた今も薫の中で燻っていた。ほんの数日前ならば、夏生の事でこんな風に頭を悩ませるなんて考えられなかった。 (原因はアレだ。あのエロマンガを見つけちまったせいで、いろんな事を見過ごせなくなった)  そしておそらく、弟が生身の女性に興味を抱くようになるまで、このわけのわからないもやもやは自分の中に居座り続けるのだ。 「なんだってこんな面倒な事になってんだよ……」  期せずして弟と同じ台詞を呟くと、薫はガックリと項垂れた。
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