クロアゲハ

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2匹のアゲハ蝶が、ヒラヒラと(たわむ)れるように飛んでいた。 そこに、携帯の着信音が鳴り響く。 『ごめん、揚羽(あげは)ちゃん。 ちょっと仕事が押してて… 今日の同伴、30分くらい遅れるかもしれない』 同伴とは、ホステスがお店の営業時間前にお客様と食事などして、そのあと来店してもらうシステムだ。 「いいですよぉ。 私は田中専務とお食事出来るだけで嬉しいですもん」 その時、片方のアゲハが蜘蛛の巣にぶつかりそうになり… 途端、もう片方が守るようにしてそれに捕まった。 「…じゃあ、お仕事頑張ってくださいね」 揚羽と呼ばれたかつての少女は、そう会話を締めくくると。 蝶に自己犠牲みたいな概念があるんだろうか? 目の前の光景をそんな思いで眺めて… まさかね、と鼻で笑って通り過ぎた。 揚羽というのは源氏名で。 煌びやかに水商売の女性を、と例える事から… 蝶にちなんだその名前をつけていた。 さらにその漢字には、上がるという意味があるらしく… 絶望から這い上がってやる。 そんな思いも込められていた。
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