責務

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翌々週の土曜日、三人は昇龍庵に来ていた。 有松の話では、四人の教授は事件が解決したことに喜び、早速昇龍庵の予約から支払いまでしてくれたそうだ。 「私までご馳走になってしまって、申し訳ないな…」 有松が塩タンを網上で裏返しながら呟く。 西念は焼けた塩タンを二枚同時に取ったかと思うと、口に放り込んだ。 野々市が「僕の牛タン!!」と悲鳴を上げたが、それを無視して言う。 「仲介料だと思えばいいんですよ」 それを訊いて有松は「違いない」と言い、クツクツと笑った。 そして、思い出したように尋ねる。 「そういえば、何で男は出なくなったんだい?」 西念はカルビをビールで流し込んだところだった。 野々市が「自分のカルビだけ食べてくださいよ!」と非難するのは聴かず、ビールを置いた。 「問題の授業が休講になっている間、授業が行われる予定だった曜日、時間帯に、教壇に交通事故の新聞記事を置いたんです。 『貴方はこの事故で亡くなっています』って書き置きを添えて」 「は?」 怪訝そうな顔をする有松に、西念が肩を竦めた。 「もっとかっこいい方法取りたいんですけどね。  ちゃんとした拝み屋さんと知り合いだったら、そういう人を呼んだり。 でもまあ多分、壇上の記事を読んで男自身が自分が死んでいる事に気付いたんだと思います。無事解決できてラッキーでした」 それを訊いた有松は、片手で顔を覆い片手で手を振った。 「いや、それはいい…それよりも、何で男がそれに反応したんだい?いや、そもそも何で現れた男がその記事の男だとわかったんだい?」  西念は豚トロを焼く手を止めた。 「…男は昨年度末に亡くなった、外部講師の教授です」 そこら辺で焼けていたカルビを頬張った西念の代わりに、野々市が答える。 「男は外国語学部中国語学科に所属してましたが、今年一月月初めに交通事故に遭い昏睡状態になると、二月末に亡くなってます」 野々市が言い終わると、西念が言葉を続けた。 「TAをしている授業で、外国語学部の学生が言っていたのを小耳に挟んだんです。気になったんで、新聞で確認もしたんですよ。それと今回の件を結びつけたのはほぼ直感でしたけど」  西念は今度は豚トロを網の上に置いた。先ほどまでカルビのタレで焦げていた部分に、塩ダレが滴っていく。 「去年のシラバスを引くと、彼は昨年度の後期、毎週月曜と木曜に、専門科目四科目を講じていました。…例の現象が起こっていた授業と同じ時間、同じ教室で、です」  地価の高い都心の大学は、教育機関であると同時に、商売を行う機関でなくてはならなかった。毎年、人気の高い授業とマイナー授業は精査され、授業が執り行われる教室はせわしなく変動する。  被害に遭った四人が、件の男とは別学科にも関わらず同じ教室で授業を執り行っていたのも、そういった教室変更の結果だった。 有松は目を見開いた。そうして頭を落とし溜息を吐くと、ソファーに凭れた。 「そうか…なんとも不憫だな…。学生も、授業が被っている者もいただろうに、教えてやれば良いものを…」 西念が首を振った。 「被りようがないんです。彼は、専門科目しか持たない教師でした。それに、今回被害にあった四人の授業も専門科目です。更に全員所属学部が違う。 全学部生が受けられる一般教養科目でもあれば、彼のことを知ってる子もいたかもしれませんが…」 「そうか…」 有松は溜息を吐いた。 「…死んでからも授業に通うなんて本当に仕事熱心だったんだね。しかし、そんな熱血漢でも専門外の学生には只のおじさん、というのも悲しい話だな」  有松はそういうと、手元のビールを一気に煽った。  それを眺めていたはずの西念は静かに目を伏せる。 ただ、西念が置いた豚トロを頬張っていた、無垢の瞳をした野々市だけが返した。 「…他の仕事も同じじゃ無いですかね。名もない会社員なんて、たくさんいると思いますよ」  有松は呆けた顔で野々市の方を見た。 「それに」と、カルビを次々とひっくり返し野々市は続ける。 「何かに責任を持つって、それだけで僕はカッコいいと思いますけど。だから、あの人は亡くなって、怖がられましたけど、カッコ良かったんです」 そう言った野々市のカルビを、一瞬の隙に西念が全て掻っ攫っていった。 憤慨する野々市と、飄々とする西念を笑いながら、有松は「…そうだね」とひとりごちた。
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