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ビルの屋上から見上げた満月はとても綺麗だった。
まるで太陽みたいに僕を照らして、真夜中だっていうのに眩しいくらいだ。
月明かりの下、街並みは宝石をばら蒔いた絵画みたいだ。これが最期の光景なら悪くないかもしれない。
脱いだスニーカーをきちんと揃えてから、腹まである防護柵を乗り越えてビルの縁に立った。地上から吹き上げる風は涼しく、穏やかに僕の髪をなぶる。ゆっくり下を見ると、ライトを灯したミニチュアみたいな車が人気のない街路を走って行った。
良かった、眞下の歩道は誰も歩いていない。
ここから飛べば、僕はすべてから解放される。馬車馬の日々、才能が枯れることへの恐怖、どうしようもない孤独、ライバルへの強烈な嫉妬、全部なくなるんだ。
アスファルトに落ちたあとの僕を想像してみたけど、特に恐怖はなかった。それは本当の意味で僕の「脱け殻」で、それ以上でもそれ以下でもないからだ。
世界、日常、全部さようなら。幸いにして、悲しんでくれる家族も恋人もないし、僕がいなくなっても代わりはたくさん出てくる。
もう一度月を見上げ、両手を鳥のように広げて全身に光を受けた。
どうか、一歩踏み出す後押しをください――目を閉じ、心の中で月に祈って、右足から踏み出そうとした時だった。
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