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「君も座って」 「うん……」  並んで座ると、彼女はまた月を見上げた。  何だか変な気分だ。  僕は今夜、ここから飛び降りるんだ。それなのにどうして今、彼女と並んで座っているんだろう。  でも不思議と安らいでいる。隣にいるのが見ず知らずの女の子、いや吸血鬼なのに、怖いとか、逃げたいとかいう気持ちにならない。  ふと、彼女が自分の右手を眺めた。さっき拭ったはずの僕の血はついていない。でも風が吹いたとき、そこから細かい粉のようなものが立ち上った。  何だろう。まさか垢、じゃないよね。 「……ああ、そっか」  小さく笑いながら頷いたあと、彼女は右手を庇うように左手を重ねた。 「ねえ、君」 「……何?」 「なんで、死のうと想ったの?」  彼女が僕を見つめた。その目は咎めも同情もしてなくて、ただ透明な優しさを湛えている。何を話しても、ありのままの僕を受け入れてくれそうな気がした。 「……イヤになったんだ」 「うん」 「すごく憧れてた仕事に就いたんだけど、僕、不器用で要領悪くてさ。思うように出来なくて、したくないことを強制されて、それがここ三年くらい続いてて……一生懸命頑張って来たんだけど、最近はそれが実にならなくて、励ましてくれる人達もだんだん減って来てて。何かもう、全部辞めたくなったっていうか」 「ふうん。それで飛び降りることにしたんだ」 「……贅沢な悩みだって、思う?」 「ううん。私には、君の悩みの深さは分からないから」  あっさり否定された気がしたけれど、腹は立たなかった。何でかな。ああそうか、僕は励ましや諭しが欲しいんじゃない。ただ僕の思ってることを聞いて欲しかったんだ。 「……死んだら、嫌なこと全部終わりじゃん」 「そうなの?」 「そうだよ。吸血鬼は違うの?」  答えて欲しい。でも彼女は目を伏せ、そっと立ち上がった。
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