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アラームの音にぼんやりと目を開ける。状況を把握できなくて白い壁を見つめていたが、跳ね起きた。メッセージの進展を待つ間に寝落ちてしまったらしい。
「何もなし、か」
メッセージは最後の手段だった。約束の夜に関係なく、バイトのある日は必ず公園に寄った。それでも会えなくて、友達に心配されるほどいつもの自分がわからなくなって、そんな時に出会った雑誌から行き着いた希望だった。
これが絶たれたら、打つ手はなくなる。父のように、本当に手の届かない人になってしまう。どうして大切な人はみんな、隣からいなくなってしまうんだろう。
いつの間にか小さくしゃくり上げていた。苦しさのあまり、薫と過ごした二ヶ月近い日々が赤一色に染まろうとしている。
「顔、洗ってこよ……」
仕事があるから連絡できないのだと無理やり言い聞かせ続けるしかできない。今日が休日で本当によかった。
その後も横になりながらスマホを眺め続け、いつの間にかまた眠りに落ちていた。再度目が覚めた時には、昼もだいぶ過ぎていた。
重いままの気分をどうにかしたくて、水温の低いシャワーを浴びる。望む未来になるとは限らない。理屈はわかっていても、今は今しか考えられない。
「……え、通知、光ってる」
服を着るのもそこそこに、スマホに飛びつく。起きた時は何もなかった。
画面をつけて――思わず、取り落としてしまう。
来た。待ち焦がれたメッセージが、届いていた。
震える指で通知欄をタップし、起動したアプリには、個別と思われるメッセージが数通に渡って綴られていた。
歪みそうになる視界を手の甲で何度もクリアにしながら、幾度となく目を走らせる。
すぐに、身支度を始めた。
『急に来なくなってごめん。僕があの公園にいるっていう情報が広まり出して、行きにくくなっちゃったんだ』
『……本当は、迷ってた。正直に話すと、君が僕のことを好きだと思ってくれてること、気づいてた。素直に嬉しかったんだ。でも、駄目だとも思ってた』
『君はまだ若いし、歳だって結構離れてる。そうじゃなくてもこんな人間だから君に迷惑だってかかるかもしれない。何も気にせずずっと話ができる人を失いたくなかった。……怖かったんだ』
『でも、言い訳しても駄目だね。君に会いたかった。また、他愛ない話がしたかった』
『本当に身勝手だし、怒られて当然だけど……許してくれるなら、また会ってください』
いろいろ伝えたかった。それでも長文を打つのはもどかしくて、移動中に返せたのはたったのふたつ。
残りは、直接伝えればいい。
『私にとって薫さんは、綺麗なお兄さんのままです』
『私も、会いたい』
電車の扉が開いた瞬間、飛び降りる。改札を出ると、薄い長袖でも少しひやりとする風が全身を撫でた。太陽の見えなくなる時間が、ずいぶん早まっている。
公園に向かって走った。目的地はいつもの場所ではなく、駐車場。
十台は留められそうなスペースの一番端に、その車はあった。書いてあった通り、シルバーで染まっている。
合図は、助手席側のガラスを五回ノック。
解錠の音が聞こえた。ドアノブを掴み引っ張るが、うまく力が入らない。もう片手も添えて、ようやく開いた。
「二度も僕の願いを叶えてくれて、本当にありがとう」
泣き笑いの顔で出迎えてくれた「お兄さん」と同じ表情を、きっと自分もしていたに違いない。
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