予め失われた恋の話。

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「有本先輩、好きです。お付き合いしてください」 「ごめんなさい」 こんなやり取りがあって、俺は、人生で7度目の失恋をした。 「ちくしょう」 俺は、その日、一人、やけ酒を飲んで、公園のベンチに行き着き、力尽きていた。 有本先輩。 俺は、夢を見ていた。 優しくて、きれいで、包容力があって。 俺は、本当に、好きだったんだぞ。 なのに。 俺のどこが、ダメなのかすら教えてもらえずに、俺は、振られた。 ああ。 眠りながら、俺は、自分が泣いているのが、わかった。 涙が、流れている。 涙が。 俺は、ゆっくりと目を開いた。 すると。 目の前に、見知らぬ美少女がいた。 「動かないで」 その美少女は、俺に言って、そっと俺の額に口づけした。 ええっ? 俺は、焦っていた。 なんだ、このシチュエーション。 あれ? 俺は、考えた。 何か、忘れているような気がする。 すごく大切なこと。 美少女が俺の顔をのぞきこんで、にっこり笑っていった。 「御馳走様。お兄さんの、失恋の味、すんごく、美味しかった」 「はい?」 俺は、考えた。 失恋? 俺は、恋を失ったのか? 「ちょっと、待って」 俺は、さっさと去っていく美少女を呼び止めてきいた。 「失恋の味って、なんだよ」 「失恋の味は、失恋の味だよ」 美少女は、言った。 美少女の名は、ラス。 何でも、人の感情を食べて生きているのだという。 「特に、失恋の味が、あたしは、好き」 ラスは、俺の隣に座って、言った。 「甘くて、酸っぱくて、少し、ビターな味がするんだ」 「そうなんだ」 俺は、ラスに、きいた。 「今までで、最高に旨かった、失恋の味って、どんな恋の味だったんだ?」 ラスは、少し考えてから言った。 「それは、やっぱり、あれかな。禁じられた恋」 「禁じられた恋って?」 俺は、興味津々できいた。 「どんな恋だよ」 「あのね」 ラスが言った。 それは、ずいぶんと昔のことだった。 ある男が、好きになってはいけない女を好きになったのだという。 男と女は、生きる世界が違っていた。 男は、人間で、女は、人外のものだった。 すべての人々が、二人の恋に反対した。 男は、それでも、女と二人で、世界の果てまでも逃げるつもりでいた。 だが。 女は、男のために、身をひいた。 恋にやぶれた男の心を喰らって。 「それから、その女は、失恋が大好物になった」 ラスは、言った。 「その時の、味が忘れられなくて、失恋を探しては、食べて生きていくようになった」 「そうなんだ」 話をきいていた俺の目から、涙が流れ落ちた。 「あれ?」 俺は、言った。 「なんで、俺は、泣いてるんだ?」 「それは」 ラスが言った。 「失った恋の思い出を思い出したから」 ああ。 俺は、納得した。 あの時、失った恋は、この子が食べてしまっていたんだ。 「なあ、ラス」 俺は、言った。 「あの時の恋を、俺に返してくれないか?」 「だめ」 ラスは、言った。 「これは、あたしのもの。あたしだけのものだから。もう誰にも、あげない。例え、それが、あなたでも」 ラスは、言ったんだ。 あれ以来、俺の失恋の味が忘れられずに、時間も、何もかも、越えて、俺を探しているのだと。 「いつの時代でも、あなたの失恋の味が、一番、美味しかった。だから、あたしは、あなたのことを忘れられないの」 「それは、たぶん」 俺は、言った。 「その失恋が、君自信の失恋だからじゃないかな」 「あたしの?」 ラスは、きいた。 「あなたの、じゃなくて?」 「そう。君の」 俺は、言った。 「だから、いつまでも、忘れられずに、いつまでも、失い続けているんだ」 「ああ」 ラスは、儚く微笑んだ。 「そうかもしれない」 翌朝、公園のベンチで目覚めた俺は、青い夜明けの空を見て泣いた。 遥か昔。 俺が、失った恋があったことを思い出して。
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