小夜曲

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今夜は新月…。 月の満ち欠けを気にしたことはなかった。 コウさんは、やたらなんでも知っている。 幾つになっても、ご近所の優秀なコウ君のままだ。 俺が25だから、コウさんは30か。 三十路にしては若くて見えるが、老成してる。 女っ気もない。 というか、友達も居なさそうだ。 一日中PCに向かっている。 フリーペーパーなんて、大した儲けもないだろうに…。 そんなことを考えながら、坂道を上り、少し下ると、まるで、此処から先城内である。とばかりに大きな門がそびえていた。 バイクを門前に止めて、門をくぐる。 最近建てられた、案内センターの脇にある城址全図を眺めてから、先に進んだ。 スマホのライトに僅かに足元が照らされているだけで、かなり暗い。 突然、腰の高さ程の柵に行く手を阻まれた。 眺望だろう。 上って来たのとは、反対側になるのか、手前に僅かな家の灯りと、遠くに煙るような光が見える。 月は? 目を凝らして、暫く夜空を見上げていたが、月の在り方はわからなかった。 いつも、半分、行き当たりばったりなのだが、流石に今夜は引き返そう。 と思った時だった。 何処からか、甘い香りが鼻孔をくすぐった。 芳しい。というかのか、今迄嗅いだことのない、知らない香り。 花? 夜風が香りを散らす。 辺りに目をやるが、やはり、この闇では探せそうもなかった。 こんな時、コウさんなら、直ぐにでも言い当てるだろうか。 天に地に、なんの収穫もなく、花びらを一枚一枚拾うように、元来たであろう道を、ゆっくり戻った。 「明日、出直します」 門をくぐって、そう一礼をすると、 「待ってる」と聞こえた気がした。 いや、それはさっきコウさんに言われたのだ。 坂の途中で見上げた空に、空より明るい灰青色の円が浮かんでいた。 新月…。 往復30分余りのはず。 だが、家に着いたのは既に12時を回っていた。 あの山城に3時間以上も居たことになる。
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