0人が本棚に入れています
本棚に追加
今夜は新月…。
月の満ち欠けを気にしたことはなかった。
コウさんは、やたらなんでも知っている。
幾つになっても、ご近所の優秀なコウ君のままだ。
俺が25だから、コウさんは30か。
三十路にしては若くて見えるが、老成してる。
女っ気もない。
というか、友達も居なさそうだ。
一日中PCに向かっている。
フリーペーパーなんて、大した儲けもないだろうに…。
そんなことを考えながら、坂道を上り、少し下ると、まるで、此処から先城内である。とばかりに大きな門がそびえていた。
バイクを門前に止めて、門をくぐる。
最近建てられた、案内センターの脇にある城址全図を眺めてから、先に進んだ。
スマホのライトに僅かに足元が照らされているだけで、かなり暗い。
突然、腰の高さ程の柵に行く手を阻まれた。
眺望だろう。
上って来たのとは、反対側になるのか、手前に僅かな家の灯りと、遠くに煙るような光が見える。
月は?
目を凝らして、暫く夜空を見上げていたが、月の在り方はわからなかった。
いつも、半分、行き当たりばったりなのだが、流石に今夜は引き返そう。
と思った時だった。
何処からか、甘い香りが鼻孔をくすぐった。
芳しい。というかのか、今迄嗅いだことのない、知らない香り。
花?
夜風が香りを散らす。
辺りに目をやるが、やはり、この闇では探せそうもなかった。
こんな時、コウさんなら、直ぐにでも言い当てるだろうか。
天に地に、なんの収穫もなく、花びらを一枚一枚拾うように、元来たであろう道を、ゆっくり戻った。
「明日、出直します」
門をくぐって、そう一礼をすると、
「待ってる」と聞こえた気がした。
いや、それはさっきコウさんに言われたのだ。
坂の途中で見上げた空に、空より明るい灰青色の円が浮かんでいた。
新月…。
往復30分余りのはず。
だが、家に着いたのは既に12時を回っていた。
あの山城に3時間以上も居たことになる。
最初のコメントを投稿しよう!