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………………
「翠が懐妊したそうね」
「はい。畏れ多いことでございます」
「恐縮しないで。翠がとても喜んでいたの、ジンとの子どもが出来たと大はしゃぎでね」
「……」
「可愛がってくれているのね。……ありがとう」
「そんな……当然のことです。翠様はお嬢様から頂いた大切な……ワタシには勿体ない程の宝物です」
「──懐かしいわね、ジンからのその呼び方」
「……」
「私が嫁ぐ前までだったから……おおよそ二十年振りの呼び方ね」
「……お嬢、様」
「ジン、これで私は約束を果たしたわ」
「……はい」
「だからもう、これからはあの子を──翠ただひとりを大切に愛してあげて」
「勿論でございます」
「じゃあ、帰るわ。今日はあの人が早くに帰って来るの。ちゃんと出迎えてあげなくっちゃ」
「──お嬢様、お幸せ、なんですね?」
「えぇ、勿論」
「……」
遠ざかるろくしま呉服店をぼんやりと眺めながら思う。
14歳の私が18歳のジンと出逢ってから二十年。
男爵令嬢と異人の小間使いという関係は実体のない秘密婚で繋がっていた。
私はジンを好ましいと思ってはいたけれど結局そこに本物の愛は生まれなかった。
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