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「たすけて」
吐き気をこらえて、イーナは叫んだ。
男が何を言っているのか、理解しようとする余裕はなかった。
ただ、たすけて、たすけてとあえぐ。
グリフィンが一歩横に飛び退いた月明かりの下に、屈強な男がいた。
右手にユニコーンのツノを握りしめている。
ただのツノではない。
胴体のついたツノだ。
「これが対価だ。その乳は置いていけ」
男は自分の身体よりも大きなユニコーンを片手で持ち上げると、軽々とグリフィンの目の前に放り投げた。
一瞬、品定めするようにグリフィンの眼がユニコーンとイーナを見比べたが、結論は簡単に出たようだった。
全員まとめて喰らい尽くすという宣言が、雄叫びとなって森にこだました。
「悪いが、その選択肢はない」
答えた男はゆっくりとグリフィンに歩み寄り、牙が届く間合いで空の王者を見上げた。
丸腰だ。
普通の男よりは身体が大きいとはいえ、グリフィンの半分ほどしか身長はない。
血祭りになる。
そう思った瞬間、月光にきらめいたのはグリフィンの血だった。
何が起こったのか分からなかった。
気付いた時にはグリフィンの四肢がねじれ、首が三回転してちぎれ落ちた。
「無駄にはしない。ちゃんと喰らってやる」
返り血を浴びた男はそう言ってイーナに向き直り、彼女のおびえきった眼をまっすぐに見つめた。
この男は自分に何をしようとしているのだろうか。
イーナの頭が現状を把握しようと、激しく回転した。
ただ助けてくれただけとは思えない。
一夜の伽をすれば済むのだろうか。
それとも、グリフィンに喰われるよりも大きな苦痛が目の前に現れたのだろうか。
酸素が足りないのか過剰なのか分からない。
混乱した脳が発する警報が、感覚のなくなった手足に逃げろと命令していた。
「貴様の乳はわれが勝ち取った。屋敷に来てもらうぞ」
男が先から口にしていた乳という言葉を、イーナの頭がようやくとらえた。
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