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「そろそろお目覚めになってください」
女の声がした。
「月が沈む前に、主人があなたを愛でたいと申しております」
揺さぶられて眼を開けると、イーナの目の前に美しい女性の顔があった。
どうやらベッドに寝かされていたらしい。
いったい自分はどうなったのだろうと記憶を探った途端、意識を失う前に見た光景が蘇り、イーナはひゅうと息を吸って跳ね起きた。
女と頭がぶつかる。
頭の衝撃とともに、全身の痛みがじわじわと湧き上がってきた。
「たすけ、たすけて、ください」
「安心してください。私は何もしません」
後ずさりながら柔らかな声をつくり、女が言う。
椅子に足がぶつかり、大きな音を立てて倒れた。
「でも、あの男が」
「主人はあなたの乳房を愛でたいだけで、あなたの全体には興味がありません」
「おねがいたすけて」
「月が沈むまでじっとしていれば終わります」
「やめてころさないで」
「落ち着いてください」
「どうしてみんな私をころそうとするの、どうしてほっといてくれないの」
「だまらっしゃい半エルフ」
突然、女の声が低くなった。
怒気をはらんだ言葉にすくみ上がる。
「あんたの手当をしてやったのはあたしなの」
首を垂れ、長いブロンドの髪の間から鋭い視線でイーナをにらみつける。
「あたしが今日の供え物のあんたを爆美さまのためにきれいにしてやったの。感謝しなさい」
声を荒げてイーナに詰め寄り、激しくベッドを叩く。
「感謝しろって言ってんだよこの女狐」
「フィーラ、もういい」
突然扉を開け、女の罵りをさえぎったのは、グリフィンの首をねじり切った大男だった。
フィーラが一瞬で居住まいを正し、男に向き直る。
「失礼いたしました、ご主人さま」
「そう思うなら早く席を外せ」
「しかし、ここは客室ですが」
「じきに月が沈む。今日はここでよい」
「着替えさせなくてもよろしいのですか」
「服さえ見透かすのが月の力だ」
爆美巨貧はフィーラの顔を見ずに言った。
主人の視線の先にイーナしかいないのに気づくと、フィーラはうつむいて小さく息を吐いた。
「かしこまりました」
彼女はそれ以上食い下がらず、主人に礼をすると、イーナに向かって悪意のある一瞥を残して部屋を出て行った。
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