6人が本棚に入れています
本棚に追加
翌朝、鐘の音を聞いてイーナは目覚めた。
悪夢にうなされていたせいか、しきりに奥歯が痛んだが、不思議と傷の痛みは消えていた。
儀式の装束が脱がされ、代わりに肌触りの良いエルフ紋様の単衣に着替えさせられていた。
窓の外を見ると、極夜にのぼった二つの月が、それぞれ別の欠け方で明かりを交差させていた。
扉の向こうで控えていたのか、軽いノックの音が聞こえ、フィーラが扉を開けた。
「傷の具合はいかがですか」
ばつの悪そうな顔で会釈をする。
昨晩の狂ったような表情は消えていた。
エルフ特有のとがった耳に、イーナは初めて気がついた。
彼女がイーナを着替えさせ、魔法で傷の治療をしてくれたのだろう。
「あの、ありがとうございます」
きれいに包帯が巻かれた腕をさすりながら言うと、
「いいのよ。私も取り乱してしまったから」
フィーラは椅子に腰かけ、気まずそうに笑った。
「新しい人を住まわすときは、いつも不安定になってしまうの。私はあの方の秘書に過ぎないのにね」
視線をそらして言う。
住まわすということは、どうやら命を取ることはないらしい。
イーナは胸をなでおろし、一番気になっているこの屋敷の主人のことを聞いた。
「あの方のことはね、本当は私もよく分からないの。女性の胸に執着するのも、人狼だからなのか、個人的な嗜好なのか、全然分からないし」
フィーラはそう言ってため息をついた。
まるで、夫のことを理解できないと嘆いている妻のようだった。
主人に劣らず、彼女もかなり特殊な嗜好を持っているようだ。
「でもね、あの方もけっこう、かわいいところあるのよ。爆美巨貧っていうあだ名も案外気に入ってるみたいで、本当は爆美さまって呼んで欲しいみたいなの。はっきり言わないところがまたかわいいから、あたしは気づかないふりをしてるんだけどね」
急に早口になるフィーラに圧倒されて、イーナは苦笑することしかできなかった。
一人称や口調のぶれに、感情の起伏の激しさが表れている。
「それにね、ときどき男の人を助けることもあるんだけど、そんな時は理屈っぽい顔をしてね、われの前では乳は等しく乳であって、男も女も、人間もエルフも、大きいも小さいもないとか言い出したり。それなのに結局好きなのは若い子のおっぱいなんだから、笑っちゃう。変態だけど面白い人でしょ?」
問いかけられたが、簡単に同意することができず、イーナは曖昧な返事をした。
グリフィンから命を救われたとはいえ、これから彼の夜の伽をしなければならないかもしれないのだ。
最初のコメントを投稿しよう!