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「屋敷の周りに骨が埋められてるっていうのは?」
「あれは食事で出た獣の骨。加工すれば使い道はいくらでもあるのに、自然のものは自然に帰すべきだって、爆美さまがうるさくって」
「この屋敷に入った人が一人も帰ってこないっていうのは?」
「それはね、朝ごはんのついでに教えてあげる」
フィーラは勢いよく椅子から立ち上がると、「歩けそう?」と聞いた。
立とうとすると身体の奥が痛んだが、歩くのには問題なさそうだった。
縄から抜け出そうと長時間もがいたせいで、普段使わない筋肉を酷使したのだろう。
平気ですと言い、部屋を出る。
「お手洗いはあっちで、食堂がこっち」
フィーラについて廊下を進んでいくと、突き当たりに両開きの大扉が現れた。
極夜のせいで薄暗いが、その両側に広がる開放的なスペースが食堂のようだ。
「お腹がすいているだろうけど、きっとこっちを先に見た方が、食が進むに違いないわ」
フィーラは大扉に手をかけ、華奢な見た目からは想像できない力で一気に扉を開け放った。
「この屋敷に入った人が戻ってこない理由が、これよ」
フィーラの声に驚き、大勢の人が一斉にこちらを見た。
若い女性が多いが、年寄りや男性、子どもの姿も見える。
種族はバラバラで、イーナと同じハーフエルフや、獣人の姿もあった。
そして、動きを止めた彼らの手元には、魔法書や法律書、タイプライターに裁縫道具、機織り機、狩猟用の弓矢。
「一流の職業人を育成し、第二の人生へと送り出す、私立爆美巨貧学院へようこそ」
一斉に歓声が湧く。
「今日からあなたも学院の生徒よ」
フィーラに笑いかけられても、イーナはしばらく言葉を発することができなかった。
圧倒と感動と、自分にはふさわしくないという気持ちが絡み合い、踏み出そうとする足が止まる。
父親が分からないハーフエルフ。
市長一家殺害の容疑をかけられたまま死んだ女の娘。
ひと言の擁護もされずに石柱にくくりつけられた生け贄。
自分の素性を知れば、ここにいる人たちもきっと離れていくにちがいない。
恐怖に足がすくんだ。
それを見抜いたかのように、フィーラが口を開いた。
「ここの院長はね、おっぱいでしか人を判断しないの。そしてどんなおっぱいにも、必ず美しさが隠れているものよ」
フィーラの瞳がきらりと光った。
「さあ、あなたは何になりたい?」
イーナの目をまっすぐと見つめ、右手を差し出す。
山の端からのぼってきた三つ目の月が窓から差し込み、イーナの足もとに三重の影をつくった。
孤独だった胸が、忘れていた熱を思い出す。
ハーフエルフであろうと、殺人鬼の娘と罵られようと、うつむくことなく歩むことができる、第三の道がイーナの目の前に伸びていた。
イーナはその道に一歩踏み出し、フィーラの手を取った。
グリフィンの大群が王都を襲う、ひと月前の出来事だった。
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