寿旬(とししゅん)

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     二  当日の朝、寿旬は風邪をひいたことにして欠勤の旨を勤め先に電話連絡した。  これでよし、さて、パンだけ食って出かけるか!  寿旬は朝食を軽く済ませた後、この日の為に奮発して買っておいたTシャツとジーンズとスニーカーで身を固め、マイカーで行きつけの床屋でなく美容院に直行した。  ありゃ、まだ、やってねえわ。9時からか・・・  着いたのは8時15分。相変わらずの寿旬であった。  兎にも角にも美容院で散髪し、髪形をセットしてもらった寿旬は、カーナビを頼りに途中、道に迷ったりしたものの昼前に加瀬圭子の住むマンション前に辿り着くことが出来た。  それは華やかなレースクイーンのイメージとは裏腹に平凡で地味な建物だった。  で、薄紫色にも薄紅色にも見える扇子状の花を沢山つけた合歓の木が路肩に生える道端に車を停めた寿旬は、意外の感に打たれたが、楊貴妃のように優雅に扇子を煽ぐ加瀬圭子を連想した。  レースクイーンと言えば、玉の輿を十分狙えるものだが、一体、何でまた俺なんかを見初めたのだろう?この時まで全く不可解だった寿旬は、とても足取り軽快という訳にはいかないが、自ずと胸が躍り、どきどきわくわくもんでメモ用紙に記された101号室へと向かった。  期待と不安と興奮と緊張、それらが入り混じって震える手でインターフォンを押す。 「ピンポーン!」 「はい」 「寿旬と申します」 「あっ、は~い!」と圭子は喜びに満ちて返事をすると、急いで玄関へ行ってドアスコープを覗き込んだ。  すると、確かに寿旬であることが分かった圭子は、頗る嬉しくなって、「今、開けます!」と快活に言ってドアを開けた。  見ると、半袖のトップスにショートパンツという部屋着姿の加瀬圭子が満面笑顔で本当に立っていたので寿旬はあの男が言っていたことは嘘じゃなかったんだと疑いが完全に晴れて大感激した。 「さあ、どうぞ上がってください!」 「は、はい!お邪魔します!」といつになく元気よく言って飛び上がりたい位、舞い上がる寿旬。  1LDKの賃貸マンション。  部屋は空調が効いてフレグランスの香りが漂っていて男性アイドルのグッズやピンク系のアイテムで埋め尽くされ、ベッドの下には撮影会で着る水着やコスプレの衣装が詰まっていてフェミニンな雰囲気に満ちている。 調度品や美容品は仕事柄、貰い物が多く22歳で独り暮らしする女性としては普通レベルの生活をしている。  何せ幾ら売れっ子でもレースクイーンの仕事だけで生計を立てるのは無理だから圭子も当然、副業をしていて空いた昼はコンビニの店員として働き、夜はバーのホステスとして働いているのだ。  そして水曜日だけ完全休業という訳だ。  丁度、寿旬が訪れたのが昼時だったので圭子は彼を寛がせるべくソファに座らせジュースや愛嬌でもてなした後、腕に縒りを掛けて二人分の昼食を作り始めた。  そんな圭子の家庭的な一面を見れた寿旬は、楽園の花園にいるかのように心が浮き立った。  品目はオムレツとコンソメスープ、それに野菜が彩りよく盛り付けられているのを見て、流石レースクイーン、女性らしくてお洒落だなあと寿旬はつくづく思い、食事中、圭子にべた惚れになりながらおいしいおいしいと言って褒めた後、彼女と少し話をした所、彼女が例の男の言う通り先日のピットウォークの時に自分に一目惚れしたことを知り、自分はずっと彼女のファンだったことを明かした。  だから食後、短時間の内に二人は打ち解けてラブラブになったが、お互いの仕事についての話になって寿旬の番になってから様相が一変した。  早い話が寿旬が低所得者であることを知った圭子は、こんな男、話にならないと烙印を押して謝絶したのである。  白眼視する圭子の冷ややかな態度に接し寿旬は脈がないと思ったものの堪らなく彼女が欲しくなった。 飛び切りいい女を女の部屋で目の前にしているのだ。無理もないことだ。 寿旬は我を忘れ、後先を考えず圭子に飛びついた。 激しく絡んでいる内、圭子は寿旬に思い切りびんたを食らわした。 お陰で寿旬は痛烈に嫌われたことを悟って覚醒し、諦めるのが早いだけに急激に居た堪れなくなり、圭子から離れ、猶も冷たい目で見る彼女に対しあっさり退散したくなった。  そんな寿旬を完全にダメ男と見做した圭子は、帰らないと警察呼ぶわよ!と脅し、さっさと帰って!と情け容赦なくはっきりきっぱりと宣告した。  実にたった2時間の滞在だった。  矢張り売れっ子のレースクイーンというものは玉の輿を狙ってるんだ。  俺なんか相手にする訳がない。  しかし、俺を何で好きになったんだろう?  決して俺はいい男じゃない・・・  給料同様、見た目も全然よくないんだ。  全く不思議だ・・・  マイカーへ向かう途中、そう思いながら酷く落胆している寿旬のところへ、例の男が何の前触れもなくひょっこりやって来た。 「こんなに早く出て来てどうしたんです?」  余りの突飛なことに寿旬は周章狼狽しながら恥じ入って答えた。 「お、追い出されました」 「追い出された?」 「はあ、最初会った時は確かにいい感触を得たんですが・・・」 「そうですか、まあ、細かな事については私の車の中でゆっくり話し合いましょう」  寿旬はマイカーに縦列して停めてある高級車の中で男と話すことになり、事情をすっかり打ち明けた。 「そうでしたか、まあ、しかし、希望を捨てちゃいけません。また、いい子を紹介してあげましょう」  男はそう言うと、胸ポケットから一つのプロマイド写真を寿旬に差し出した。 「どうです?この子は?」  寿旬はプロマイド写真を受け取ってじっくり見てから言った。 「これまた可愛いですねえ」 「スタイルも抜群ですよ」 「この人もあなたの事務所に所属してるんですか?」 「そうです。この子もあなたを見初めたんですよ」 「えっ、僕はこの人に会ったことないですけど」 「先日のピットウォークの時にあなたを見かけて見初めたんですよ。つい先日レースクイーンとしてデビューした子でしてねえ、中田美奈と言って圭子より若くてまだ20になったばかりですよ」 「そうですか」 「したがってですねえ、圭子より擦れてませんからいけるかもしれませんよ」  その後も執拗に勧められた寿旬は、何で俺が二人のレースクイーンに見初められ、而も何でこの男はこんなに俺に構い勧めるんだろうと不思議になりながら結局、美奈の宅を訪れることにしたが、虚しくも圭子と大同小異で同じ結果に終わった。  それから再び寿旬は例の男に捕まえられ、同様にして18の子を紹介され、彼女は全く擦れてませんから今度こそいけますよと強く勧められ、これがいい女をゲットできる最後のチャンスと思って挑んだが、哀れなるかな、またしても圭子と大同小異で同じ結果に終わった。
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