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⒈
みじかく切った爪で何度も引っ掻いたけれど、指先の腹がこすれて痛むばかりだ。 手がかじかんで仕方がない。
ライターのロック解除すら上手くいかないのは、すべてこの2月のせいなんだろう。
年末年始の騒がしさを引き摺ったまま、街が浮ついている。その証拠に80年代アイドルの曲が商店街を抜けた今も頭の中で響き渡っている。
冬の匂いと甘い匂いが風にのって赤らんだ鼻の頭を通過する。目頭だか鼻の奥だかがツゥンとする、冷たく澄んだ匂いだ。
すっかり人気がなくなって、しばらく経った校門の前には僕ひとりしかいない。一年後に進学を目指していたはずの高校で、ただその場にしゃがみこんでいた。
「あげる」
今日の日のことも、何をとも言わず差し出されたチョコレートは赤いラッピングフィルムに包まれていた。
まるで餌付けされにきた犬っころのように僕が受け取るのを見届けると、十八歳の幼なじみのお姉さんは誰かのもとへ駆けていってしまった。長い髪がダイナミックに風に揺れ……僕にはその後ろ髪を引くチャンスもない。
金色のリボンを解いて取り出した生チョコレートは義理や友人宛てというには些か手が込みすぎているんじゃないだろうか? 一つ摘んだ親指と人差し指にココアパウダーが残る。
口内の温度にチョコレートとガナッシュがとろりと溶けて一瞬だけ幸せな味がした。しかし次の一瞬には舌が隅々まで痺れ、飲み込んだ喉奥も熱くなった。
僕の白い息から、ほんのりと酒の匂いがする。
洋酒が仕込んであったのだということはすぐに分かった。
体内は昂り――けっして洋酒のせいだけではない――義理や友人宛てではないと確信する。
彼女が取り違えたのだと気がついて慌ててたばこに火をつけた。
チョコレートの甘味がたばこの苦味に上書きされる。酒に酔い、舌の痺れはますます強くなる。
無様にも僕が親からくすねたのは、せいぜい安価な百均ライターに開封済みのたばこで、ロックの突起が爪と肉の間に刺さって指の腹は変わらず摩擦で痛んだ。
たまらず握りつぶした煙草の箱は、社会人だという彼女の恋人の好みと同じ物。
そいつは僕を負かすだけでは飽き足らず、僕をじわじわと内側から侵食する。
手の込んだチョコレートも、そこに仕込まれた酒の味も。はては、たばこの銘柄に至るまで。
そのすべてが名も知らぬ男の好みなのだと、どうしても舌が探り当てた。
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