《1》捕まる女

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     *  葬儀が終わり、やっと気が抜けた。涙を流す暇もなかった。  夫の葬儀には多くの参列者が訪れた。仕事を辞めて半年以上の月日が経過していたけれど、同僚など、親しくしていたという人たちは弔問に来てくれた。気丈に振る舞わなければと、波打つ心情も叫び出したい衝動も、すべて心から切り離した。  すべてが滞りなく終了し、先刻、自宅へと戻った。家には私と翼くん、私の傍らには夫の位牌と遺骨……それから遺影がある。  早く安置しなければ。葬儀社のスタッフが持ってきてくれた簡易祭壇に視線を向けるものの、身体が動かない。金縛りに遭ってしまったかのように、指先ひとつ動かすことができなかった。 「……(かず)()さん」  背後から声をかけられ、肩が震える。  気遣わしげに私を呼んだ声の主は、翼くんだった。  大学に進学して以降も、彼は私を気遣い、たびたびこの家に帰ってきてくれていた。ここ一年は、夫の手術や看病、見舞いと、否応なく襲いかかってくる現実に疲弊する私を、心身ともに何度も支えてくれていた。  礼服姿のまま黒いネクタイだけを外した翼くんは、以前より大人っぽく見える。不意に置いてきぼりにされてしまったような感覚に襲われ、息が震えた。  翼くんだって疲れているに違いなかった。成人して間もない上、この子はまだ学生だ。親子仲が良好でなかったとはいえ、実の父親を亡くしたショックは大きいだろう。  通夜や葬儀の席では、相当に私のフォローをしてくれていた。気を張っていたとはいっても、ともすればすぐに放心状態に陥りやすかったここ数日間、むしろ気苦労は私よりもこの子のほうが多かったかもしれない。  思えば、実母の葬儀のときも、私はこの子に頼りきりだった。当時、翼くんはまだ高校生だったのに。  思慮深く私を見つめる義理の息子と目が合った。  夫と私より、私とこの子のほうが、齢は遥かに近い。そして、この家で一緒に過ごした時間も、夫とよりこの子とのほうが長いに違いなかった。ひとりでこの家にいることの多かった私にとって、この子の存在は支え以外の何物でもない。  だから今も、この子の顔を見ただけで。 「翼くん。……ごめんね、私、ちょっと」  ――疲れちゃったみたい。  笑ったつもりだった。でも、笑えてはいなかったらしい。  零れた涙が床へ落ちるよりも前、力強い腕が、私の震える肩を抱き寄せた。
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