共同戦線

3/7
前へ
/18ページ
次へ
「しょうがないでしょう。さすがに聖女様の格好でうろつかせるわけにも行きませんし、一応ラーシュ様も聖女の弟君ということになっていますから。昨日のように、夜な夜なあちこちで盛られるのもちょっと」  アルネはその涼やかな笑顔でとんでもないことを言う。  彼が神殿の上層部に提案したのは、エイナルをラーシュの付き人として加えることだった。アルネは別に部屋を持っているから使用人用の続き部屋は余っているし、今はこちらを最優先で世話をしてくれているが、もともとは神官なのだから他にやることもあるのだろう。  フレドリカは真剣に話し合う三人を無視して、恐縮するこの男のファミリア相手に、べたべたのラブラブで引っ付きまくっている。  エイナル本人に頭を下げるのは癪だが、傍迷惑な好意を寄せられたこいつのファミリア、ヴィゴには大変申し訳ないと謝りたくもなる。 「……あれに言うことを聞かせるというのは?」  神殿中が傅く精霊様を示すにはあまりに雑な言葉で片付けた男は、これ以上ないくらいのしかめ面だった。 「それは、無理!」  ラーシュの経験則から成されるあまりにもハッキリした断定に、エイナルは眉間に深いシワを刻んだまま彼らを見つめたが、それ以上は言葉にしなかった。  ちなみに、当初、エイナルを呼び寄せるというこの案は大司教をはじめとして大勢の神官の大反対に遭った。  聖女ラルサとして下男を侍らせるわけではない。男のラーシュの付き人の補助という名目で召しあげたのだから、さほど止められる理由はないと思っていたのだが、案外強い反対意見に驚いたくらいだった。  それがどうして通ったのかといえば、それは聖女ラルサとして培った鉄壁の仮面で「あまりにも薄布で働く姿を見て、これから冬を迎える寒さを思うと哀れで……目に留まったひとりすら救えぬようでは私の立場がありません」等と大司教相手にさめざめ涙をこぼせば、なかなかどうしてころりと騙されてくれたのである。  使い慣れた仮面も使いようによっては役に立つようだった。  そうしてすっかり外堀を埋めてしまってから、エイナルを呼びつけ、アルネがにこやかに「今日から私の補助としてここに住んで貰います。突然のことで申し訳ないですが、貴方のところの修道院長にもすでに話は通してありますので」と告げたのだった。  住み込みで働く下男が雇われ主に手を離されたら行くところはない。職とともに住みかも失うのだ。しかもこれから季節は冬を迎える。ラーシュはきょとんとしていたが、アルネの言葉は、つまりはなかなかに脅迫的なお誘いであった。 「とはいえ、悪いことばかりでもありません。神官ではないので立場的には下男という扱いになりますが、私とともにラーシュ様付きの仕事をして貰いますので、暮らしぶりについてはよほど変わるかと。いかがでしょう?」 「……どうせ嫌だと言っても、俺には鼻から拒否権もないだろう」  入り口の前に立ち尽くしていたエイナルは、防寒用として床に敷き詰められた絨毯を眺めるようにわずかに視線を下げただけだった。  これまでの反抗的な態度を思えば、もっと頑なに抵抗するかと予想していたが、当の本人はためいきひとつで受け入れてしまう。肩透かしを受けた気分だったが、これで言質はとった。 「じゃあ決まりだ。とりあえず、今日からおれの言うことは聞いてもらうから」  ラーシュは、自分のことを役立たず呼ばわりしたエイナルがどの程度の働きを見せてくれるのか、今から楽しみでニンマリしてしまった。  優秀すぎるアルネのようにというのは求めすぎだとしても、もし使えないようだったら、今度こそラーシュが言い返してやるのだと息巻いていた。言われてあれほど悔しかった、あの言葉を。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加