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「替えの衣装なんかは、たぶんそのあたりの棚に入っていると思う。詳しい場所はアルネに聞いて。食事は、声を掛ければここまで運ばれてくる。それからこっちが寝室で……」
何用かで呼ばれて外廊下で話をしているアルネの代わりに、ラーシュが連れて歩きながら簡単に部屋の中を案内してやると、エイナルが奥の扉を顎で示して聞いてくる。
反応がほとんど無いので聞いているのかと思っていたけれど、どうやら覚える気はあるらしい。
「この先はなんだ」
「あそこは湯浴み場。一応おれ専用のってことになってるけど、大風呂に行くより近いから使っていいってアルネにも言ってある」
「……湯あみ場?」
「そう。どうせ毎日入るし、お湯も余るからあんたも使っていいよ。どうせ隣に住むんだろ」
バスタブと洗い場はあってもここで湯が沸かせるわけではないから、運んできてもらう必要はあるのだが、お湯はいくらでもあった。
それに冷めたお湯は朝になれば床に撒かれてしまうのだ。無駄になるくらいなら、もったいないから使えばいいと思うのに、アルネはラーシュに遠慮しているのか、ここを使ったことは一度もなかった。
エイナルはしばらく奥の扉をじっと見ていたが、ややして口の端を歪めて吐息だけで嗤った。
「……ハッ、どうりで大司教の稚児だなんて噂があるわけだ」
その言葉に廊下から戻ってきたアルネが途端に厳しい顔を向ける。
「やめなさい、エイナル!」
「……ちご?」
「慰みもの、と言えばわかるか?」
「な……っ」
意味が分かった途端にカッと頭に血が上る。
「働くわけでもない。祈るわけでもない。そのくせ毎日身綺麗にして、贅沢な服を着て、それで、たまに大司教のもとへ行くとなれば、何のためにいるのか周りに噂されたって仕方ない――」
途中でぱしんと乾いた音が響く。
見れば、アルネの右手が肩の高さで上げられたまま宙で止まっていた。頬を叩いたのだ、彼が。
ラーシュは呆然とその光景を眺めていた。
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