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「……エイナル、しばらく表へ出ていなさい」
静かで冷たい声が響く。こんなアルネの声は聞いたことがなかった。
ぎりぎりと弓の引き絞られるような緊張ののち、エイナルは感情のない横顔で部屋を出て行った。
「ラーシュ様、お気になさらず。口さがない者がいるのであれば見つけ出しますので」
アルネは眉を下げて心配気に見つめてくるが、いろいろなことが起こり過ぎて頭が混乱していた。
怒ったらいいのか、悲しんだらいいのか、気持ちの昂りはあるのだが方向が定まらなくて、どうしたらいいのか分からない。
狭い世界で生きてきたラーシュにとって毎日は同じことが繰り返される単調なもので、周りにはなにかとチヤホヤとされてきた自覚もある。だから、荒ぶるほどの感情が起こる機会なんてものは滅多に無く、対処の仕様がよくわかっていなかった。
そして、最後は結局いつもと同じだ。諦めるのが一番早い。
「……いいよ。本当のことじゃないんだから」
役立たずと言われるのは心底むかつくけれど半分事実だから大きく言い返せないところもある。
「それに、おれが何にもできてないからそう言われるんだし」
でもまさか大司教との邪な関係を噂されていたとは知らなかった。聖女の姿のときと違ってみんなが頭を下げるわけじゃないから、遠くで何か言われることがあるのは知っていたが、ヒソヒソ話されていた会話の中にもそういうものがあったのだろうか。
そう思うと元々引きこもり生活なのが、ますます出歩くのが億劫になる。
「役割を定めたのは神殿です。貴方のせいじゃない。ラーシュ様に非はありません」
「そうだけど。でも……」
息を巻いて擁護するアルネを見ても、そうだそうだと一緒になってこき下ろす気分にはなれないのだ。扉は、エイナルが出て行ったまま薄く開いていて、そこから寒々しい空気が忍び込んでくる。
胸の内を、うまく言葉にならない感情が渦巻いていた。
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