ずっとずっとずっと!

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 担任の山本が『電子辞書禁止令』を出した。  曰く、電子辞書を使って調べ物を楽に、というスタンスがまずダメらしい。そもそも勉強に苦労はつきもの。紙の辞書を使って必死に調べ、知りたい答えに辿り着いた時、達成感と共にその記憶が脳に深く刻まれることになるとかなんとか。しかし私が予想するに、こうした説明は全て後付けで、この間、山本の英語の授業中、電子辞書で古典の辞書を開いていた生徒がいたことが気に食わないだけだろう。  この禁止令を面倒くさいことこの上ないと感じたのは私だけではない。教室内はブーイングの嵐だったが、山本に禁止令を撤回する気は微塵もないらしかった。  つまり、選択肢はないのだ。担任教師と余計な事を構えたくなければ、大人しく紙の辞書を使わなければならない。だが、私は紙の辞書を持っていなかった。 「辞書は必要経費で落ちますよね?」  そういうわけで夕食を終えた後、私がさり気なく切り出してみると、母の眉間に皺が寄った。 「電子辞書があるじゃない」 「山本が紙の辞書使えって急に言い出したんだよ」  私の言葉に、母は難しい顔を続ける。しかしそれは、私ではなく山本に対するもののようだった。 「山本先生って、前々から思ってたけど、少し頭の固いところがあるわよね。まあ、そういうことなら仕方ないんじゃないの」 「じゃあ明日……」  買ってくる、と続くはずだった言葉は母によって遮られた。 「でも、英和辞書ならお父さんが持ってるわよ。もらってきなさい」 「えぇっ」 「どうしたの?」 「いやだよ! お父さんの辞書とか、絶対古いし、なんか汚そう! やだ!」  確かに父なら辞書の一つや二つ、個人的に保管していそうではある。物持ちがいいと言えば聞こえがいいが、単に持ち物の整理をサボっているだけだ。 「でも一年生もあと二ヶ月で終わるじゃない。たったそれだけのために買うっていうのもねぇ」 「う。そ、それは」 「だいたい、中学生の頃のは古いから嫌だって言って、電子辞書も買い替えたばかりだし。二年生になってクラスが変わったら、どうせ紙の辞書はまた使わなくなるんでしょ? もったいないわよぉ、さすがに」  冬休みもとっくに終わり、一月も下旬に差し掛かった今、山本が担任のクラスで過ごすのもあと二カ月弱しかない。決して安くない紙の辞書をこのタイミングで買うのは、確かにもったいない。私だってそれくらいはわかっているけれど。 「でも、いやだ……」  唸る私に、母は深いため息をついた。 「反抗期もいい加減にしなさい。だいたい、お父さんの持ち物だからって、別に汚くないわよ」
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