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とある悪魔の大団円論
魔法の薬を月明かりの下で調合する。私の魔力はどうやら月との相性がいいらしく、月明かりでは魔法関係の全てのことの調子が良かった。魔法やらこの世のものでは無いもの、信じない物には見えない物。この国はそんなものを大切にしている。
馬鹿にするものもいたが、結局現実がどうやっても上手くいかない時に頼る手段というのは限られている。そんな限られた手段の中では国が行っているということもあって信ぴょう性が高かったのだろう。特殊な国だと思われながらも、わが国は国際社会でも一定の地位を得ていた。月明かりに恩恵を受ける私はそんな国の姫君というものである。
ふわりふわりと妖精が私の手元を覗き込むように漂っている。赤い光を纏った炎の妖精。青い光を纏った水の妖精。
「今度のお薬は誰のため?」
「食べ物の国の大臣さんとか?」
シャラシャラとした声につい笑ってしまう。けれど違う。
「ただの趣味よ。」
そう、修業でも研究でもなくただの趣味。私の部屋には使えない、趣味で作った薬がたくさん保管されている。痛みを忘れられる薬も、恥じらいを捨てられる薬も、使えるわけがなかった。渡せるわけがなかった。
「隣の国の王子様にそんなことしたら国際問題だもんなあ。」
昔大切な人に貰ったテディベアを抱きしめながらベッドの上で体育座りをする。
大切な人。大好きな人。でもその人には婚約者がいた。諦めきれない私は婚約者も作らないでずっと魔法の薬ばっかり作り続ける。
どうやったって報われない想いを薬に注ぎ込むように薬を作る。
いけない。こんな想いばっかり注いでいたら、それはきっと恋の薬になってしまうわ。分かっているのにやめられない。
「届けられない想いを部屋にたくさん保管しているなんて、なんていじらしい!!」
「は?」
「まるでこの薬たちは恋文のようではありませんか!」
そんな私の元に悪魔が現れた。別にこの国ではさほど珍しいものでは無い。契約を破ることがお互いに出来ないから契約にさえ気をつければそこまで危険なものでは無い。
「あんた、何しに来たの?」
夜の姫君の寝室に上がり込んでくるなんて、失礼にもほどがある。消滅させてやろうかしら。そう思って十字架を手に取れば悪魔は慌てて両手を上げた。
「いえいえいえいえ!私、怪しい悪魔じゃないんです!!」
「十分怪しいわよ。有罪。」
「ただただ!とっても美味しそうな気配がしたから来ちゃっただけなんですよ!!」
私はため息をつく。
「それって魔法の薬のこと?」
「ええ!禁断の恋の香り!!私の大好物でして!!」
婚約者がいる人に恋をする。まあ禁断と言えば禁断だろう。
「私、そういう恋が大好きなんですよ!しかもあなたが想っている人、今、幸せじゃないんでしょう。」
その言葉に私の肩が跳ねた。
「痛みを感じなくなる薬、記憶を消す薬、身体能力を上げる薬……。どれも満たされている方に作る薬じゃないでしょう。」
事実、その通りだった。あの人がくれたテディベアを引き寄せて抱きしめる。この前久しぶりに見たあの人は悲しそうに笑っていた。あの人は婚約者を愛していた。だから私は、幸せになってくれればいいと思って身を引いた。なのに、あの人は、このままじゃ、幸せになんてなってくれない。
「あなたの望みは何なの?」
契約の内容を確認する。
「私の趣味ですから。あなたの恋の顛末を見届けられればそれで充分です。」
私の恋を叶える手伝いをする代わりに、事の顛末を見届けたいなんて
「変わった趣向ね。」
「趣味は自分の好きに従うべきものですよ。」
悪魔は楽しそうに笑った。
叶わない恋を叶えるために、まず私は隣国の王子に婚約話を持ちかけることにした。王子に婚約者がいるのは百も承知だったけれど、その仲は良くない。他国の私が知っているくらいだからそれは相当なものだろう。
どんなに好きでも歯車が狂ってしまえば傍にいない方が幸せだということも多々あるものだ。王子とその婚約者はまさにその代表だと思えた。
王子に話が伝わるころに、私と悪魔は行動に移った。私は好きな人のところに走る。悪魔にはその人の婚約者のところに行ってもらう。私が好きな人のことを幸せにしなかった罪は重いから、それを思い知らせてやるんだ。
月明かりの中、明かりも付けずに好きな人は泣いていた。その姿を見ると胸が痛くて、苦しくて、こんなことになるまで動けなかった自分にも、こんな状況にしたこの人の婚約者にも腹が立って仕方がなかった。でもそんなことよりも目の前の好きな人に泣き止んで欲しかった。
痛いの?と聞けば頷かれた。だって体には痣がある。そりゃ痛いに決まっている。けれど泣いている理由は違うらしい。婚約者が怖いのかと思ったが違うらしい。じゃあ一体、何がこの人を泣かせているのだろう。私が好きな、大好きなこの人に何が涙を流させるのか。するとその人は顔を上げて泣きながら口を開いた。
その顔は痣だらけでもやはり美しく、やつれてしまっても可愛らしい。でもやっぱり笑っていて欲しくて、私はこの人を婚約者から奪う決意を固くする。婚約者に振るわれた暴力よりも婚約者の変貌を嘆くその人は、心までも美しい。
変わってしまったなら、戻らないよ。
そんな救いを待つ必要なんてないよ。
私は緊張しながらも、手を伸ばす。頭を撫でれば、好きな人の瞳が私の姿を捉える。
ああ、やっぱり私は、この人が好き。
瞳に影を落とすまつげ。痣が目立ってしまう白い肌。暴力に抵抗なんて出来そうにない華奢な体。
そう、私の好きな人は、隣国の王子の婚約者で隣国の大臣の娘だった。
「そろそろ楽になっても良いんじゃないかな。」
なんて、甘い言葉を口にする。お願い、頷いて。私、ずっとあなたが好きだったの。小さいころにあなたがくれたテディベアも大切に大切に持ってるのよ。だから、私に救われて。
彼女は私と目を合わせたまま、目を逸らさなかった。まるで私の心の中を見られているみたいで心拍数が上がる。彼女は私をどう思ったんだろう。
禁断の恋。二重の意味で禁断のこの想いを、どうか気味悪がらないで欲しい。
祈るような時間はどれくらいだったんだろう。彼女はいつの間にか泣き止んでいて、私を見て、静かに頷いてくれた。それが、頭が真っ白になるくらい嬉しかった。私は部屋の窓を開け放つ。
「じゃあ行きましょう。」
月明かりの下で、私の魔法は調子が良い。空中散歩も日常茶飯事。窓の外に浮いたまま、部屋の中の彼女に手を差し伸べる。お手をどうぞ、なんてキザすぎるかしら。彼女は可笑しそうに笑って私の手に手を重ねてくれた。
月明かりの下を飛んで一緒に私の国に行く。彼女が私のことを好きになってくれたら嬉しいのだけど、とりあえずは体と心の傷のケアから。だからまずはお友達から始めましょう。
月明かりの下で城の屋根の上から、飛んでいく二人を見送る。自分の好きなものを見ながらだといつもの紅茶も美味しく感じるものだ。
「う~ん!やっぱり百合は最高ですね!!」
悪魔はそう言ってお気に入りの紅茶を啜った。
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