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目の前に現れたそれは
今日も耳を支配する不快な音は止まない。
いつから、あの可愛らしい泣き声はここまで不快な泣き声へと変化したのだろう。
ずっと愛しかった筈なのに、ずっとかけがえのない宝物だった筈なのに。今この瞬間は、貴重な眠りを妨げる疎ましい存在でしかない。
耐えてばかりの日々は、どれだけ経っただろうか。
それさえも分からなくなるほど、長い長い間私はこの音に耐えてきた。
自分の耳が聞こえなくなればいいのにと、何度思ったことか。
何度、すがる思いで玄関の扉を見つめたことか。
何度、「早く帰ってきて」という言葉を携帯の画面に打ち込んだろうか。
その全てが意味のないものだと気づいた今の私には、耐える、という選択肢しかなくて。
もう、どうすればいいのかわからない。
愛していた存在が、自分のことを愛していると言ってくれず帰ってこなくなると、あの大きかった愛は憎しみへと変換されていく。
憎い
彼が
そう、思って、感情が溢れて涙がこぼれ落ちた瞬間だった。
「やぁ、奥さん」
彼は、何の前触れもなく突然そこにいた。
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