第三章

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第三章

 ある時、あの白髪の男が尋ねてきた。私は彼が怖かったので、頭から毛布を被って眠ったふりをしつつ、毛布の隙間から様子を覗った。  それに気づいているのかいないのか、白髪の男はこんなことを言い出した。 「やはり今からでも、こいつは殺しておくべきだ」 「なぜそんなことを言うのです」  心外そうに問う養父に、白髪の男はこう返した。 「確かにこうやって閉じ込めておけば、周りの人間に感染する危険を抑えつつ、こいつを生かしておくことはできる。    だがな、こうやって生かしておくことでお前はこいつに情けをかけているつもりかもしれんが、それでこいつが『殺さず閉じ込めて飼い続けてくれてありがとう』と感謝すると思うか?  そんなわけがない。  殺さず生かしておくことで、お前はこいつ自身だけでなく、こいつのお前に対する憎しみも育てているのだ。今はまだ子供で力も弱いが、成長して力をつければ、こいつは憎しみに駆り立てられてお前に(あだ)なすことだろう」  私は怯えながら、男の言葉を聞いていた。あの夜とは違い、私が人狼であることは既に確認済みだ。人狼は殺してしまう方が普通である。男の言葉によって養父が考えを変え、私を殺そうとすることは十分に有り得た。  お願いです、そんな奴の言葉に耳を貸さないでください。そいつの言うことは、間違っています。  私は心の中で、養父にそう懇願した。  その願いが叶ったのか、養父はムッとした様子で白髪の男に抗議した。 「分かったようにこの子のことを語らないでください。この子はそんなことしません」 「少なくとも、お前よりは分かっているさ。お前もいずれ、私の方が正しかったと知る時が来る。もっとも、その時にはもう手遅れかもしれないが」  呆れたようにそう告げると、男は去っていった。私は、ほっと安堵の息を吐いた。  養父は、あの男の言葉よりも、私を信じてくれたのだ。
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