合法なる罪

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「時が流れて、私は定年を迎えました。勿論激務ではありましたが、無事平穏に職業生活を終える事が出来たのです。ここから、私の第二の人生が始まるのだという期待に胸を弾ませていました。今まで妻と旅行にも行けませんでしたから、彼女の好きな所に一緒に行こうと嬉々として世界地図や旅行雑誌を眺めていました。  けれど、彼女は死にました。計画すら立てぬまま、彼女は交通事故で死にました」  努めて淡々と男は言った。よくある不幸だとでも言うかのように、彼は殊更悲しむのを避けるかのように、声に感情を乗せるのを拒むかのように男の声は平板であった。  この男の身に起きた不幸は本当にありふれたー誰の身にも起こり得る不幸である。この男もそう思っていたらしい。不幸ではあるが、こういう事もある。 『生きている間に報いてやりたかった』  そんな気持ちが、この男の胸に痼りを残したが、この時点ではただ悲しみに暮れるだけであった。
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