1・男の生業

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「ただいま、」  先に帰っていた妻の香奈(かな)のスニーカーを見て大輔は家に上がった。松葉づえを玄関脇に置くと普通に歩き出す大輔。家と言ってもここは従業員寮だ。人が住んでいる生活感がほとんどないほど何もない空間の1LDK。2階建の上屋に大輔の部屋があった。 「おかえり大ちゃん」  香奈も送迎マイクロバスの運転手として中型免許を持っているドライバーだった。年齢は大輔より5歳年下の38歳。見た目相応の人の良さそうな女だが、どこか影のある表情を時折り見せる癖がある。それが思い過ごしの只の癖なのか、本当の性分なのかは深く付き合わないと分からない。それは大輔にも言えることだった。この夫婦には何かある。 「ご飯は、から揚げ弁当とミックスフライ弁当のどっちがいい?」 「から揚げでいいや」  中央の小さな安テーブル前の座布団にドンと腰を下ろす大輔。 「あぁ松葉づえは面倒くせぇや」  とテーブルの上の煙草を一本取り出すと火を点けた。 「それ私のタバコ」 「いいじゃん、べつに一本くらい」  フーと天井に向けて煙を吐き出す大輔を見る香奈。 「で、どうだった? 労災で処理するって?」 「いやジジイの保険で治療費を出させる。で、明日から俺は有給」 「いいなぁ」と口を尖らせて弁当のラップを破き始める香奈。 「温めねぇの?」  寮の部屋には電子レンジを置いてはいけないルールだった。電力を多く使うからだ。1階にある共同キッチンに置いてある。部屋のキッチンは小さな水だけのシンクとカセットコンロが1台あるだけだった。 「メンド臭いもん」 「だって俺はどうするんだよ? 松葉づえで弁当温めに行くのかよ?」 「杖ナシで行けばいいじゃん。別に見られたって・・・」 「何日かは松葉づえで行動しなきゃダメだろ」 「じゃあ、お風呂はどうするの?」  風呂は同じく1階にある共同浴場を利用する。 「ケンケンでシャワーだけ使うよ」 「バカみたい」 「お前だって次にやった時はそうやるんだぜ?」 「え~、私は腕にするよ」 「とにかく温めて来てくれ」  しぶしぶ立ち上がる香奈。自分の弁当も持った。
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