1・男の生業

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 2日前の出来事。  大輔はホテルの客を定期的にいくつかの観光名所へ送り、また帰る客を乗せて周回する。ある停車場に来ると他のホテルのバスや一般客で混み合っていた。何とか送迎バス乗降口にバスを付ける大輔。ここで5分程待って乗り込む客がいなければ発車する。  大輔は乗る客の案内のためバスから降りた。乗るバスを間違える客がいるので一人一人にホテル名を告げる。ある程度乗ったが、まだいると思った大輔はもう2、3分待ってみることにした。  大輔のマイクロバスの前に一般客の乗用車が停まっていた。1600CCクラスの国産コンパクトカー。 (おい、どけよジジイ。バスが出られないだろ)  苛立つ大輔。運転手は誰かを待っているようだ。もともとこの場所はバス専用の乗降口ではなく、丁度いいスペースなので各ホテルが送迎用に停車をしていた。そのために当然一般車両も利用するのだった。  待っていた人間が来たのか、乗用車の運転手は15mほど先の歩道を見ると手を上げて、そちらへ向かおうとドライブにギアを入れた。  しかし車の前を行きかう人々が近過ぎて危険と見たのか少しバックをしようとした。大輔のバスとは1.2mほど余裕がある。  乗用車のバックランプが点灯し40cmほど下がった時、 「イテぇーっ!!」と叫び声が聞こえた。  周囲の観光客がどこからの声かとキョロキョロとする。  運転手はその声は聞こえたが、何を言ったのか分からなかった。自分の車を出そうと右にハンドルを切った時、 〝ドンドンドンッ!〟  と車のリアガラスを叩いている大輔がバックミラーに見えた。 「?」と思い振り返る。何のことだか分からない様子だ。  すると勢いよく大輔が運転席の方に回り込んで来て、今度はサイドガラスを叩いて「開けろ! テメェ!」と叫んでいる。
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