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その晩、石井太郎は妻のサエと那須の別荘で話し合っていた。
「あれはタカリだ。警察もそれを見過ごすとはな。ちょっと調べたら色々出て来るに違いないのに」
石井は憤慨していた。薄くなった白髪を手櫛で撫でつける。
「本当に踏んでしまったのかも知れないし、こっちの立場としてはたとえ嘘だとしてもそれを追及できないわよ」
サエもそうは思っていても下手に出るしかない事情を理解していた。
「だからそこを突いて来るのが詐欺の証なんだよ」
「保険屋さんが事を収めるわよ。彼らはプロなんだから年中そんな人間とやりとりしているはずよ」
「保険で解決できるとしても、うちの等級は下がってしまうし、あんな人間に保険が支払われることが許せない」
「分かるけどお父さん、明日それでも謝罪に行きましょうね」
「いくら渡すんだ?」
「5万は必要じゃない?」
「くっ・・・」
無念さを隠し切れない石井だった。
あくる日、手土産と「見舞金」を用意して大輔から聞いていたホテルの寮へ出向いた石井夫妻。寮の管理人らしき男が庭掃除をしていた。
「スミマセン、寮の方にお会いすることは可能でしょうか?」
「え? ほとんどの者が出払っていると思いますが、誰でしょう?」
ほうきを立てて左手を腰にあてる男。
「西澤大輔さんです」石井が遠慮気味に答えると、
「ああ。あの人は何か怪我したみたいで今朝病院に行きましたよ」
と返した。周囲の者も知っているようだった。本当に怪我をしたような気もする石井。続けて聞いてみた。
「そうですか・・・。奥様は? 同じ寮にいると聞いたのですが」
「あ、ハイ。奥さんも送迎バスの運転手なんですよ。もうホテルに行っているはずです。そちらに行かれてはどうでしょう」
「分かりました。それでしたらここまで来たついでに回ってみます」
「ハイ。どうも」
なかなか愛想のいい管理人だった。
石井はこの足でホテルまで行くことにした。車で5分ほどだからだ。
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