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2・香奈の性分
フロントからラウンジに通された石井夫妻。
「この度はご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。業務にも支障が出てしまったことと存じます」
丁寧に頭を下げるサエに石井も続く。総務経理課の依田という担当者が応対していた。
「ご丁寧にわざわざすみません。事故ですからねぇ、仕方が無いですよ。それでも怪我は大したことじゃないようですし」
「あ、そうでしたか?」
ピクッと反応する石井。
「ええ、医者の診断書では骨には異常は見当たらないとのことでした」
「なら、よかったですぅ」
サエもホッとしたようだ。そのためかその後は雑談で話が盛り上がった。その話の終わりに、
「で、奥様にはお会いできるでしょうか?」
と聞いてみる石井。
「ええ、今運転じゃなければ玄関脇の詰所に待機しているはずです。ご案内いたしますよ」
「ありがとうございます」
三人はコーヒーを飲み終えたところで席を立った。
メインエントランスから20m程離れた通用口から入って直ぐ右の部屋が運転手たちの詰所だった。担当者に案内されるとそこに香奈がいた。
香奈は始め目を丸くして依田の説明を受けていたが、相手が石井と分かると一瞬目付きが変わった。そして若干横柄な態度になったのを石井は感じた。
廊下に出てきた香奈。
「わざわざすいません」
と表情も薄く挨拶する香奈。同僚と話していた雰囲気とは違う。
「いえ、こちらが頭を下げる立場でして、職場にまで押し掛けてしまい申し訳ございません。先程寮の方に伺ったのですが、ご不在でして・・・」
直立不動で頭を下げる石井。
「主人は今病院に行っているんですよ」
「ええ、そのようで・・・。本来でしたらご主人様に直接伺わなければならないところを申し訳ございません。この品が生ものでして、早い方がいいと思いまして・・・」
と手土産を差し出す石井。その後ろでサエも頭を下げる。買って来たのは地元で人気の銘菓のようだ。
「あ、すいません」
ちょこっと頭を下げる香奈。
「それとこれ、少ないですがお見舞いでございます」
封をした現金を渡す石井。
「そんなことしてくれなくても大丈夫ですよ。いただけません」
断りながらも表情に変化があったのを石井は見逃さなかった。
「いや、それでも気持ちですので・・・」
「そうですかぁ。申し訳ございません」
見舞金を受け取る香奈。やはり、と思う石井。
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