エピソード『魔女の館』 第1話『11年前』

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エピソード『魔女の館』 第1話『11年前』

―――――――― 十一年前  後に『魔女の館』と囁かれる事となった東京の青山にある洋館に関係者一同が集められたのは、資産家であった東喜八(あずま きはち)が離婚してから一年後の事であった。  東喜八は戦後の混乱期からその頭角をあらわして商社を立ち上げ、バブル期には資産家として安定した地位を築いた男である。  七十歳の誕生日を迎えたその日に、これまで連れ添っていた妻と離婚をし、そうする事が当然の流れであるかのようにその年に完成した『魔女の館』に引っ越しをした。  同時に会長職から退き、その館で隠居し始めたのである。  広い洋館であるのにも関わらず、使用人などを一切置かずに、東喜八は一人で住んでいたという。  そんな時分に東喜八は百人ほどの人々を魔女の館に招いたのである。  招待客は洋館の中にある大きめのホールに集められていた。  そのホールのドアを開けると、まずは五百号の油絵が目に飛び込んでくる。  それは、黒いドレスを着た綺麗な女性が椅子に座って、こちらを微笑みかけている姿が描かれている油絵であった。  もちろん招待された中には、東喜八の事業を引き継いだ二人の子である東美玲(あずま みれい)東拓郎(あずま たくろう)もおり、 「お父様は何を考えているの?」 「さあ? 気まぐれじゃないか?」  などと話をしていた。  豪華な料理や高価なお酒などが十分に用意されているも、給仕などは一人もおらず、招待客らはセルフサービスで料理やお酒を楽しみつつ、知り合いなどを歓談しながら東喜八が現れるのを待っていた。 「お待たせしました」  全員来たのを確認されたのか、東喜八が老齢さを感じさせない、しっかりとした足取りでホールに入って来た。  しかも、誰かをエスコートしているかのような雰囲気があるも、隣には誰もおらず、東喜八のみであった。 「皆様に紹介したい方がおりまして」  東喜八は油絵の前まで立ち止まり、親愛の情を隠すことなく表情に出して、油絵の方を指し示すかのように手を向けながらも、真横に顔をやった。 「彼女は魔女であり、最愛の女性であり、最後まで私に寄り添ってくれると約束した女性です」  その一言で東喜八の子供二人もそうであったが、招待客のほぼ全員が驚きの声を上げたのであった。 「お父様、どこにいるのですが、その魔女とやらは」  騒然とし始めた事もあって、場を収めるかのように東美玲が東喜八の前へと躍り出る。 「美玲、何を言っている。そこにいるではないか」  東喜八はキョトンとした顔をして、東美玲に信じられないものを見るような目を向ける。 「お父様、ぼけてしまったの? そこになんて誰もいないじゃないの」  哀れみを含んだ表情をする美玲を知るや、東喜八は悟ったかのように目をすっと細めて、後ろにある油絵を顧みながらこう呟いた。 「……なるほど、魔女か」  と。
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