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エピソード『同じ風景をずっと見ている』 第1話
私は同じ風景をずっと見ている。
公園にいる人の姿は移ろいゆくのだけど、私が見ている風景は春夏秋冬、朝昼夜、晴雨雪曇と流れてはいるけれども、これといった変化は見られない。
人々の歓声などが耳に届く事はあれど、私の声は誰かの耳にとどく事はない。
それは私が選んだ結果なので受け入れるしかなかった。
私は選択を間違ったのかもしれない。
けれども、当時の私はそうするしかなかった。
それしか考える事ができなかった。
だから、こんな結末になってしまったのかもしれない。
「そんなところにずっといられると迷惑する人がいるのですが」
ここにいて、どれほどの時が流れていたのかを私は知らない。
私の事など誰も気にかけていないし、見えてもいないのかと思っていたというのに、誰かが私に声をかけてきたように思えた。
そんなはずはない。
私はそう思いながらも、顔が固定されているかのように動かせないので、視線だけで声のした方を確認する。
左目に眼帯をした、どこかの高校の制服にその身を包んだ女の子が私を見上げていた。
『あなたは誰?』
舌が上手く動かせないので、声を発する事ができなかった。
「私は稲荷原流香です。退魔師をしています」
たいまし。
それはどう書くのだろう?
私はどの漢字が当てはまるのか分からず、何らかの士業だと考えることにした。
「やはり答えられませんか。また声をかけるかもしれません。その時は私と会話をしてください」
稲荷原流香と名乗った女子高生は目だけで軽く会釈をして私の視界から消えていった。
まだ私を見てくれる人がいたんだ。
私は柄にも無く喜んでしまった。
それからどれほどの時が流れたのだろう。
子供の姿が見えなくなった公園が視界に広がっている。
相変わらず私の見ている風景は移ろわない。
「……やはりまだいましたね」
背筋がぞわぞわしてしまうほどの……これは喜びなのか。
私はその声だけで得も言われぬ幸せを感じてしまったのか。
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