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まよなかのあらし
布団を敷いても、彼女たちのお喋りは止むはずもなく、夜遅くまで続いていた。それでも、一人また一人と眠りに落ちていったのか、午前二時頃には全員寝てしまった。
眠れないから、ずっと聞き耳を立ててたのに。つまらないわ。
一応は眠る努力もしてみたけれど、眠れない。そのうち喉が乾いてきて、コーラを飲みたくなった。
静かに起き上がり、バッグの中から財布を取り出す。抜け出した事がバレないように、バッグと枕を布団の中に入れた。忍び足でそっと歩き、部屋のドアを開けて外に出る。右、左と、先生たちがいないことを確認する。それから、ロビーの角にある自販機を目指した。
五月の初めの夜中に、パジャマでは少し肌寒い。
それにしても、三学年のこの時期に修学旅行をセッティングするなんて、学校もどうかしている。まあ、どうせエスカレーター式の学校だし、校外の大学を狙う人以外は息抜きになるだろうけど、普通は二学年よね。
背中だけは、長い髪が垂れているために温かい。それでも、歩くたびに揺れて空気が入り、震えが起こる。思わず、両腕で自分をかばうように抱いた。
エレベーターの前を通りすぎる。これを使いたいけれども、逃げ場がなくなるから今は不便だ。仕方なく階段へと向かう。
階段はスリッパを脱いで歩いた。ヒタヒタと、足に冷たさが張りつく。まるで泥棒の練習をしているようだわ。
四階分を一気に降りると、そっとロビーに顔を出した。私たちの高校で貸し切りになっているためか、いつもは常にいるであろうフロント係はいない。そうよね、勝手にチェックアウトもチェックインもできないもの。
安心して自販機まで堂々と歩いた。コーラを買って、円形に組まれたソファに座る。
コーラを飲みながら、明日の自主研修について考えた。キャアキャア言いながら歩くさまは、アヒルの行進。私たちは女子高生だもの、何をしたって恥ずかしくない年頃。
なんて言いつつ、あれってけっこう恥ずかしいのよね。どうして、もっと静かに歩けないのかしら。
「笑い声、店先襲う、嵐山」
あら、いまいちね。
「いつから俳人になったんだ?」
「はあ?」
驚いて後ろを振り向くと、そこに本木先生が立っていた。
「・・・上手いでしょう?歓声の嵐と、嵐山をかけてみたわけ」
「季語がない」
「川柳なんです」
「わかった。君の言い分はもういい。他の先生に見つからないうちに、さっさと寝なさい」
本木先生は珍しいことに苛々していた。この先生がここまで感情を出すことってあったかしら。それにしても、随分とお優しいこと。
「喉が乾いているの。まさか、そのまま乾いて死になさいなんて、残酷な事は言いませんよね?」
「水を飲みなさい」
「不公平だわ。先生たちは動けるのに、私たちは動けない。コーラを買って飲むことのどこに犯罪性や違法性があるの?」
「前にも言ったが、集団生活が嫌いなら修学旅行に―――」
「参加することはない、でしょう?はいはい、ちょっとトイレ」
「部屋のを使用しなさい」
さっきから、『なさい』ばかりの命令口調だ。私は誰からも命令はされたくありません。
勢いよく立ち上がって、ロビーにあるトイレに入る。後ろから、本木先生のため息が聞こえてきた。いやに背中に張りつくため息だ。
大体、一階ロビーに何の用事があって来たのかしら?
小さな頭脳で考え事をしながら、トイレを出る。本木先生は入口の脇にいた。一呼吸置き、気持ちを整えて声をかけた。
「先生!まずいわ、コンタクト落としちゃったみたいです」
本木先生の眉が釣り上がる。ちょっと可笑しい。吹き出しそうになった。
「まったく!どこに?」
「トイレのどこかだと思うんですけど・・・。ごめんなさい、一緒に探してください」
「わかった、いいよ」
本木先生は、今度は大きくため息を吐いた。女子トイレに入る時にもう一度吐く。
「どこら辺?」
「トイレの中だと思います。そこの洋式トイレを使ったんですけど・・・」
「はいはい」
本木先生は不機嫌な声を出して、足元を見ながら洋式トイレに入っていった。私も後ろからついて行く。
「拾ったとしても、あんまり目に入れたくないなあ」
「・・・なら探さないぞ」
「あははは。そうね。いいわ、探さなくても」
「ああ?」
洋式トイレの裏側を覗きこんでいた本木先生が、怪訝そうに振り向いた。私は後ろ手でトイレの鍵をかけた。それから、振り向いた難しい顔にキスを落とした。すぐに振り払われる。
「佐和!君は―――」
「先生、無理しなくてもいいのに。だって、あんな映画を中途半端に見ちゃったら、体が気持ち悪いでしょう?私も気持ち悪いもの。だから、いいじゃない」
「あのね・・・」
「いいの」
出来の悪い生徒に対して機嫌の悪くなった唇に、背伸びをしてもう一度キスを落とした。絡みつく髪の毛のように、たくましい首に腕を回す。吸いつくように、唇を押し付ける。
息苦しくなった本木先生が、息継ぎをする瞬間を狙って舌を滑り込ませた。歯磨き粉の味がすると思ったけれど、ほのかに苦い味がした。たぶん、コーヒーじゃないかしら。
舌を転がして、相手の動きを待った。でも全然動かなかった。初めてでもあるまいし。まさか、今さら道徳観念なんてことは言わないでしょうね。
口を離す。白糸が私と本木先生の間に引かれて切れた。
本木先生はずっと無言だった。私はそれを承諾の意味に取った。いいのよ、都合よく解釈すれば。
本木先生のズボンに手をかける。カチャカチャとベルトを外して下着と一緒に降ろしてあげた。
私がどんなに歓声を上げようとも無言。だから、いいように解釈。
しゃがみこむと、固くなって天井を指そうとしているものを手に取り、口に含んだ。丁寧に舐めてあげる。根元から裏側から、先端まで。トイレのタイルに粘膜質の音が響く。
本木先生の欲望は少しずつ大きくなってきた。先から苦いような酸っぱいような液体が少しだけ零れ落ちる。私の口の中に、ゆっくりと浸透していった。吸い上げると、また少し出てきた。
いったん、口から出して上を見上げた。そこにあるのは悩ましげな顔。
「飲んであげるから、我慢しないでね」
にっこり笑ってあげた。でも、本木先生は何も話さない。
忙しく口と舌と顔を動かす。意地悪して歯も使ってあげたし、指も使ってあげた。そのたびに、小さなため息が聞こえた。
「佐和・・・」
久しぶりに聞いた本木先生の声は、いやらしく聞こえた。そして、私の髪を優しく撫でてくれた。
その瞬間、熱い液体が口の中に飛び出した。喉の奥を火傷させようとしている。ひどく咳き込む。喉を鳴らせて飲もうとしても、受け付けなくて、口から零れていく。
はっきり言って、人間の飲むものじゃないわ。コーラと一緒に飲めば良かったかしら。
本木先生が欲望の全てを噴出させてしまうと、私はまだ張りのあるそれから口を離した。口を拭って立ち上がり、再び本木先生の首に絡みついた。男らしい胸板が柔らかい胸に当たる。すぐそばに難しい顔。
本木先生は優しく私を抱き締めてくれた。それだけでも、背骨が折れるかと思った。
口の中はまだ違和感でいっぱいだ。麻痺しているかのように、口が開かない。ピーナッツバターのような粘り気が残っている。
それでも、無理やり口を開く。
「先生、コンタクトレンズは大抵寝る前に外します」
「・・・ああ」
「消毒が面倒だから、一度外してしまえば朝までつけません。なくても、トイレに行くぐらいは出来ます」
「・・・ああ」
「つまり、先生は私が『コンタクトレンズを落とした』というところで気づくべきでした。ちなみに、私はコンタクトを使用していないのだけれどね」
「・・・もういい」
本木先生はゆっくりと溜めこむように返事をした。色々と考える事があるらしい。
「先生は巡回の途中だったの?」
「え?ああ・・・まあね」
「私たち全員はニ階から上に泊まっています」
「・・・ああ」
「下に降りてくる理由はありません。先生はなぜ降りてきたんですか?」
「喉が乾いたから」
今度は即答した。ふうん、私の論法を使おうってわけね。
「お水を飲めば?」
「コーラが飲みたかったんだ」
「困るわよね、仕事中に興奮しちゃったんじゃあ。どこで発散すれば良いのかわからないもの。男の人って大変ね」
「・・・」
「ライトアンサー?」
「・・・イエス」
「オッケー」
こういう問答で、私に勝てるなんて思わないでね。
一階のトイレは利用者がほとんどいないし、生徒や他の先生が入ってくる心配もないもの。安心して解放できるわよねえ。
「佐和」
「はい、何でしょう?」
返事をすると、大きな手が凄い勢いで私の下着の中に侵入してきた。指が私の粘膜を捕らえる。
「あっ・・・!」
途端に、私の子宮はずっしりと重くなった。そして、心臓のように鼓動を打ち始める。
それから、本木先生はまた無言になった。ゆっくりと後ろに移動して洋式便器に座った。私は本木先生の太ももの上にまたがった。
太くて長い指は、熱い私の中心を這いまわる。もう一方の手は、パジャマのシャツを器用に外していき、ブラジャーを簡単に外した。解放された胸は、興奮の張りのためにわずかに痛い。
首筋を散歩していた唇が徐々に下方へ降り、胸の岬を執拗に切り崩していく。
左手は力強く、私が後ろに倒れないように支える。
私の両手足は、本木先生に絡みつく。
右手は無遠慮に、私の中心で侵略の限りを尽くす。
下で洋式便器が、二人分の重みに耐えられず、小さく悲鳴を上げる。
本木先生が背を屈めているから、私は自分の下で行われてることがよく見えなかった。クシャクシャ頭のてっぺんばかり見ていた。その下に、綺麗に筋肉がついた首が見える。物理の先生のくせに、やけにたくましい。その首にしがみつこうとしている自分の手が、とても細く感じられた。
トイレの中は、ため息と喘ぎ声で埋め尽くされそう。タイルに響く、本木先生の指使いと舌使いがいやらしい。これは私の音でもあるのだけれど。
背筋に何度も緊張が走る。かき氷を食べた時のように、脳天に突き刺さっては、天井に解放されていく。口から唾液が零れ落ちそうになり、慌てて口を閉じた。でも、たくさんの酸素が欲しい。またすぐに開く。
本木先生の指は私の中にある。出したくないから、締めつけてしまう。けれど、おもちゃを取り上げるように抜かれる。欲しいからまた緩めて、ねだるように腰を振ると、指は入ってくる。親指が絶えず、穿孔の岬を攻撃するから、私は陥落寸前。
体温のリミットがなくなったみたいに、熱い。もう目が潤んできていて、辺りの輪郭がはっきりしない。自分も蕩けてしまいそう。
確かに何処かのポルノ女優が言うように、これは強大なカロリーを消費するわね。
不意に本木先生の全勢力が、私の体から退却した。背中にあった支えがなくなって、危うく倒れそうになり、クシャクシャ頭を強く引き寄せてしがみつく。
いったん引いた波は、すぐに津波のように押し寄せた。本木先生の左手と右手は、私の内側から両膝の裏を通って体を浮かせると、ズボンと下着をつかんだ。手が引かれていくの同時に、私の足から薄い鎧がなくなっていく。冷たい空気が直接肌に触れると、歓喜に似た震えが走った。それからもう一度、両手を私の足に通して腕に絡ませると、そのまま体を持ち上げて、またゆっくりと降ろしていった。私の両脇腹に大きな手が食い込む。
意外に力持ちなんだなあ。少し感心。でも、これからどうするつもりなのかしら。
ほとんど無防備な状態でいると、私の中へ大きな塊が侵略を開始した。
嘘でしょう!?
急に体が緊張する。
「先生!ちょっと待って!」
思わず叫んでいた。慌てて口を閉じる。さすがに誰かに聞こえるかもしれない。
本木先生は、全く止める気配を見せなかった。丁寧にゆっくりと私を突き刺そうとしている。いや、重力と引力の関係上、私は落下するしかないのだから、自分の体重で刺さっていくと言ったほうがいいのかもしれない。どんなに体を閉じて防いでみても、下にある塊は砕ける気配もない。
「あっ・・・や・・・ダメだったら!止めて!」
「あのなあ・・・」
久しぶりの声はかなり呆れていた。
「こうなってしまえば、急には止まれないよ」
それぐらい自分でコントロールしてよ!困ったわ、どうしよう。逃げなくちゃ!
そう思ったけど、足は捕まってる。暴れると、すごく体が痺れる。これは、本木先生の道徳観念に訴えるしか手はなさそう。
本当にダメ、これ以上は。入ってくるたび、体が痺れていく。
「せんせいっ・・・」
「何だ?」
「先生は先生よね?私は生徒。ディドゥユーアンダースタンド?」
「イエス」
「わかってるなら止めて!」
「その前に、僕と君は男と女だ。ディドゥユーアンダースタンド?」
「っ・・・そ、うね。でも、私が向き・・・合っているのは、男じゃない」
「じゃあ何だ?」
「欲望の塊よお!」
そう言った次の瞬間に、私の体は本木先生の全てを取りこんだ。もう身動き一つ取れない。少しでも動けば、全身に痺れが走る。
たった一人を受け入れるだけで、私はこんなにも苦痛を感じるのか。なんて度量の狭い人間なんだろう。
痺れが走るたびに、体は収縮した。その度合いがだんだんと強くなる。だから、本木先生の鼓動がリアルに感じられた。自分の体も波打っているから、それが本木先生のものかどうかは判断がつきにくい。
熱い塊が、少し大きくなったような気がした。
「んっ・・・動かないで・・・!」
本木先生が腰を揺らそうとしたところを、寸前で止めた。動くと、手足に力が入っているようで入らない感覚になる。緊張しすぎて手足が固まっているから、自然と捕まっていられなくなる。
涙が出てきた。酷い痺れが体中で暴れている。
「先生―――動かないでぇっ!そのまま、じっとしてて!」
「・・・無駄に力を入れるからだよ。大丈夫、体は充分に開いてるんだから、ゆっくり力を抜きなさい」
『なさい』?よく言うわね。私はあんたに命令される筋合いなんてないわよ!
でも痛くて仕方がないから、泣きながら言われた通りに脱力を試みた。全然、無理だった。
そのうちに焦れたのか、本木先生は私を無視して腰を動かし始めた。それに合わせて、腕に絡ませている私の足ごと体を、自分のほうへ引き寄せるように持ち上げたり下げたりした。当然、下の出入りは激しくなる。
今度は大きく洋式便器が悲鳴を上げた。ガタガタと、後ろの用水タンクが鳴る。
私の体は悲鳴を上げている。
本木先生は喘いでいる。
こんな横暴なことがあっていいのかしら。
「せんっ・・・せい―――」
「・・・ああ?」
「止めて!もうたくさんよっ!」
「ん・・・腰、振れる?」
何を言っているの、この人は。私の話をちゃんと聞いていたのかしら。私は今、空中アクロバットをしているほど余裕はないのよ。目だって開けていられない。
それ以上は、何も聞いてもらえなかった。本木先生は再び無言になって、激しい息遣い以外、私の耳に入れようとはしなかった。
長い髪が背中をくすぐる。
仕方がないから、言われた通りに腰を振ってみた。もう自棄だわ。何でもいいから、早く解放されたい。
本木先生に捕まるだけで自分を支えているから、充分に振れたとは思えない。それでも、私がキスをした唇から、満足そうな笑い声が零れた。
「・・・ははは」
ムカツク。体の底からムカツク。
「何よっ!」
「いや、悩ましい腰つきで」
「馬鹿っ!教育委員会に・・・訴えてやるっ!」
「『先生の腰つきは最高でした』とか?それは嬉しいな」
「いやあっ・・・もう解放して!お願い!」
「もう少しだよ・・・」
痺れなんて通り越して、熱い。本木先生が、熱い。
私の体はバラバラになりそうなのに、熱だけが凝縮していく。体は苦痛なのにもかかわらず、必死に快楽だけを追っている。おかしな感覚。
本木先生は平気なのだろうか。無理に目を開けてみた。
目下に形容しがたい顔があった。
これが興奮している時の顔。変な感じだ、見ているとこっちまで興奮してきちゃう。
私は今、どんな顔をしてるんだろう。鏡があったら見てみたい。これが欲望の塊です、という顔なんだろうな。そう思うと少しだけ笑えた。
「ふふっ・・・」
「何だ?」
「あっ・・・!ね、先生は・・・今の自分が醜いと思わない?」
「・・・どうして?」
「だ、からあ!先生は今、自分の、欲望と向き合って―――」
体に雷が落ちる。
「僕が向き合っているのは、君だ」
「ちが、うわ!先生が、向き、合っているのは、欲望の塊よ!」
体が揺れるから、言葉が途切れてしまう。決め台詞も虚しくタイルに散っていく。
「・・・君、意外に冷静だね?」
「そうよ!それが私の―――」
「スタンス?」
「そう!私は、何にも・・・!」
「お喋りは中止だ。今は体に専念しよう」
本木先生が、私の中で大きくなっていく様がわかった。まるでエネルギーを溜めて爆発する寸前の宇宙だわ。
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