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【3】
裏山の森の奥に一本だけ生えていた野生の林檎の木。
誰にも知られず、白い花をつけ赤い実を結んでいた。人の手を知らない林檎は里の林檎より背が高く、登って身を隠すのに都合がよかった。
山は母方の実家のもので、家族以外の者は来ない。伯父の一家は山に興味を持っていなかった。林檎の木は、新吾だけの秘密の場所になった。
最初の夏にいじめに遭い、新吾は大人しい少年に変わってしまった。それまでは、どちらかと言えばやんちゃなほうだったのだ。
父を亡くし、血のつながりがあるとはいえ、別の家族の世話になって暮らす境遇は、子ども心にも小さな影響を落とした。母と一緒に移り住んだ伯父の家の人たちは母と新吾に優しかったが、やはりどこかに遠慮はあったのだと思う。
祖父が始めた小売店を大きくした伯父は、地元にスーパーマーケットをいくつか経営していた。時が経つにつれて、その一家の一員である新吾は周囲に受け入れられていった。伯父の力に感謝した。
母は伯父のスーパーで働き、叔父たち一家の中で新吾と自分の居場所を作ることに成功していった。
祖父と伯父と義理の伯母、その子どもたちは新吾と同い年の長女と一つ下の長男、三つ離れた次男の三人で、三人とも新吾と仲よくしてくれた。よいいとこたちだった。
新吾と母を加えると総勢八人の大家族だった。
毎日全員で食事を取る。大勢での賑やかな食事。せわしない日常を繰り返すうちに、父の死の悲しみも、転校した当初に受けたいじめの傷も、徐々に薄れて小さくなっていった。
誰とも話ができない日常は寂しい。
転校した最初の年は、冬になるまで学校で誰とも話せなかった。家には人が大勢いたが、両親と自分だけの時のように、新吾の好きなことばかりは言えなかった。順番を待ち、タイミングを計り、ようやく口を開いても誰かの声にかき消されてしまった。
裏山を歩いて林檎の木を見つけたのはそんな頃だった。まだ木に登る技術を持たない新吾は、小さな青い実を見上げて、ただ『寂しい』と呟いた。
呟くと、涙が零れた。
『寂しいよ……』
それだけ繰り返して泣いた。
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