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その夜、チャールズはどこかやりきれない気持ちで妻の部屋に向かった。荒々しくノックをすると、妻がひょっこり顔を出した。不用心な、と説教すると、少し頬を膨らませて、足音とノックの音であなただとわかりましたので、と言い訳をする。猫の耳をもつエラは確かに優れた聴力をしているが、音を立てずに動けるものもいるから、と彼は重ねて注意をする。
「心配してくださるのね?」
嬉しそうなエラに部屋の中に導かれ、二人は向かい合って座った。エラは侍女にハーブティーを入れさせ、侍女を下がらせる。彼女は両手でカップを包み込み、手を温めるようにしながら口を開いた。
「でも、珍しいですね。私から誘ってもいないのにきてくださるなんて。」
白い喉がこく、と動いて薄い褐色の液体を飲み下すのをチャールズはじっと見つめた。それに気がついたエラはその細い首を小さく傾げた。
「お茶が冷めてしまいますわ。」
チャールズはカップに口をつけ、何口か飲み込んだ。黒く硬い、しなやかな鱗に覆われた彼の指がカップに当たってこつ、と音を立てた。
「いつも待たせてばかりですまないな。」
彼は妻のそばに寄り、その絹糸のような金髪を猛々しく撫で、その首筋に指を這わせた。触れるたびに少し緊張を走らせる華奢な身体をその硬い鱗に覆われた腕の中に閉じ込める。
「いいえ。また温まってきました。」
顎を掬って目を合わせた時、妻のアクアマリンのような瞳に映る自分の姿に、彼は少し戦慄した。憎悪と悲哀に染まり昏くなったクレアの瞳が目の前にありありと蘇った。そして、最後まで哀しみを浮かべることなく、優しく、暖かく自分を見つめた、何より愛しいあの赤い瞳。彼の腕に力がこもり、柔らかい肌に鱗が食い込む。
「痛いですわ、何を考えていらっしゃるの。」
チャールズは慌てて妻の体から身を離す。エラはそっとチャールズの頭を抱き込み、頬を触れ合わせる。8つも彼より年下の妻は、嫉妬深く、幼く、甘いが、身体ばかりは一人前の女だった。その芳醇な女の香りに誘われて、彼はついその柔らかい薄桃色の唇にキスを落とした。
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