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ネリーは夢を見ていた。やけにリアルな夢で、一つ一つの感触がはっきりとしていた。じっとりと嫌な汗をかきつつ、でもなんとなく、続きを見なければ、とネリーは思って、瞼を閉じ続けていた。
「ネロ。こちらへおいで。」
骨ばった、震えた手のひらが優しく、柔らかく、ネリーを手招きして、頭をなでた。くすぐったくて、ネリーは身をよじる。その人はそれから、両手をネリーの頬に当て、目を合わせた。大粒のルビーのような瞳に、真剣な光が灯っていた。
「ネロ、わたしのこえが聞こえていますか?」
ネリーは夢の中で頷いた。夢の中の声の主の輪郭が崩れて、ネリーは彼女が微笑んだのだ、とそう思った。
「この世にあって、こえを持たぬものはない。あなたはいずれ、すべてのこえを聴けるようになります。」
彼女は鈴を転がしたような優しい声をしていた。ネリーは頷いた。彼女はネリーが頷いたのを見て、また輪郭を歪めた。そして、遠ざかっていく。
「ネロ。」
頬から離れてしまった、その人のぬくもりに向かって、ネリーは手を伸ばした。その小さな手は虚しく空を切る。夢の中だとわかっても、もう少し彼女の姿を見ていたいと思った。
ぼんやりと頭の中に靄がかかり、ネリーは夢の世界が遠ざかっていくのを感じた。誰かとても大切な人と夢の中で会った気がするのに、もう思い出せない。
目が覚めてしまった。
ネリーはぱちぱちと瞬きをした。部屋の中は薄暗く、太陽はまだ毛布の中に丸まっているようだった。
彼女はもう一度目を閉じたが、その女の人はとっくに瞼の裏から立ち去ってしまっていた。ネリーはしばらく天井とにらめっこをしてから、上半身を起こし、グッと伸びをした。隣で暢気に大いびきをかいて熟睡している、レモン色の塊に囁く。
「おはようございます、鳥。」
かつて怪我をしたところを両親に拾われたというその鳥は、いつ飛んでいってもいいようにと、ただ鳥と呼ばれていた。ネリーも毎晩、さようなら、と挨拶をして、天候の荒れた日以外は窓を少し開けて寝る。しかし、彼は一向にここを発つ気配をみせなかった。ネリーはそのまんまるの友人が起きてしまわないよう優しく撫で、その羽をちょんとつつき、首を傾げた。
「あなたって、ほんとうに飛べるのですか?」
ネリーは最近、この鳥が太りすぎてしまって飛べないのではないか、と疑っていた。両親が拾った時にはネリーの手のひらに収まるぐらいだったという彼は、今はネリーの頭と同じくらいの大きさに成長していた。ネリーは彼がその細く短い足を動かして歩いているのは幾度となく見た。ネリーは鳥をよく観察していたが、飛ぼうとしているところはおろか、見える動作をしているところさえ見たことがなかった。彼が歩く姿は黄色いゴム鞠が弾んでいるようで、どこか愛嬌はあった。ちなみに、そのボールが転がって行く先には常に食べ物があった。
ネリーはそのお腹をゆすりつつ、もう一度声をかける。
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