1.1.ネリー

2/12
14人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
ネリーは夢を見ていた。やけにリアルな夢で、一つ一つの感触がはっきりとしていた。じっとりと嫌な汗をかきつつ、でもなんとなく、続きを見なければ、とネリーは思って、瞼を閉じ続けていた。 「ネロ。こちらへおいで。」 骨ばった、震えた手のひらが優しく、柔らかく、ネリーを手招きして、頭をなでた。くすぐったくて、ネリーは身をよじる。その人はそれから、両手をネリーの頬に当て、目を合わせた。大粒のルビーのような瞳に、真剣な光が灯っていた。 「ネロ、わたしのこえが聞こえていますか?」 ネリーは夢の中で頷いた。夢の中の声の主の輪郭が崩れて、ネリーは彼女が微笑んだのだ、とそう思った。 「この世にあって、こえを持たぬものはない。あなたはいずれ、すべてのこえを聴けるようになります。」 彼女は鈴を転がしたような優しい声をしていた。ネリーは頷いた。彼女はネリーが頷いたのを見て、また輪郭を歪めた。そして、遠ざかっていく。 「ネロ。」 頬から離れてしまった、その人のぬくもりに向かって、ネリーは手を伸ばした。その小さな手は虚しく空を切る。夢の中だとわかっても、もう少し彼女の姿を見ていたいと思った。 ぼんやりと頭の中に靄がかかり、ネリーは夢の世界が遠ざかっていくのを感じた。誰かとても大切な人と夢の中で会った気がするのに、もう思い出せない。 目が覚めてしまった。 ネリーはぱちぱちと瞬きをした。部屋の中は薄暗く、太陽はまだ毛布の中に丸まっているようだった。 彼女はもう一度目を閉じたが、その女の人はとっくに瞼の裏から立ち去ってしまっていた。ネリーはしばらく天井とにらめっこをしてから、上半身を起こし、グッと伸びをした。隣で暢気に大いびきをかいて熟睡している、レモン色の塊に囁く。 「おはようございます、(オワゾー)。」 かつて怪我をしたところを両親に拾われたというその鳥は、いつ飛んでいってもいいようにと、ただ(オワゾー)と呼ばれていた。ネリーも毎晩、さようなら、と挨拶をして、天候の荒れた日以外は窓を少し開けて寝る。しかし、彼は一向にここを発つ気配をみせなかった。ネリーはそのまんまるの友人が起きてしまわないよう優しく撫で、その羽をちょんとつつき、首を傾げた。 「あなたって、ほんとうに飛べるのですか?」 ネリーは最近、この鳥が太りすぎてしまって飛べないのではないか、と疑っていた。両親が拾った時にはネリーの手のひらに収まるぐらいだったという彼は、今はネリーの頭と同じくらいの大きさに成長していた。ネリーは彼がその細く短い足を動かして歩いているのは幾度となく見た。ネリーは(オワゾー)をよく観察していたが、飛ぼうとしているところはおろか、見える動作をしているところさえ見たことがなかった。彼が歩く姿は黄色いゴム鞠が弾んでいるようで、どこか愛嬌はあった。ちなみに、そのボールが転がって行く先には常に食べ物があった。 ネリーはそのお腹をゆすりつつ、もう一度声をかける。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!